Spy

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 Sの候補となったのは、弥彦と同じ日本屈指の大学の後輩だった。  弥彦は直接彼女と話した事はなかったが、両親が日本有数の細菌研究者だった彼女が幼い頃に、その両親がバイオテロに巻き込まれ死んだ事を知っていた。  身寄りの無い彼女は施設で育ったが、親譲りの頭脳で難なく難関大学の医学部を卒業。ただ暗い生い立ちのせいか、その背が高く陰気な風貌からか、特に親しい友人など作らず黙々と医局業務をこなす様な無口な女だった。  そんな彼女が、『桃源郷』に偶然にも出入りしている事を知った。  「あんな女に、仲間らしい関係が築けるとは信じられないが、桃源郷の医療チームからは信頼されているようだ。何かにつけ、呼ばれている。口の硬さといい、条件といい適任だ。」  弥彦は、苛つきながら俺に言い聞かせてくる。  「ですが、人としての情が欠落しています。両親の件ですら眉根ひとつ動かしません。何を考えているのかわからないんです。あれは、使い物になりません。」  あらゆる手を使って接触を試みてきた井口主任と俺の一致した見解を言い、これ以上は時間の無駄だと主張したが。  「知った様な事を言うな!」    弥彦の苛つきは、呆気なく頂点に達した。  「いいか、我々の仲間を失った上に、テロについて未だに全く手がかりなし。そんな事が通用するか!!鍵は桃源郷しか無いんだ!あいつらは、世界中の情報を握っている。ゼロ以上のな。」  弥彦は、『桃源郷』に、そして間取(まとり)という女医をSにする事に異常に執念を燃やしていた。  役職が下の俺は、当然わかりましたと言う以外の道はなかった。
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