EP-30

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足が震えた。声がかすれる。 「諒ちゃん、怪我……。ど、どうしよう、あ、救急車……」 「せ、先生のこと、傷つけるつもりは、なかった……」 女性のか細い震え声が耳に入る。 私はゆっくりと首を回し、その場に立ち竦む彼女の手元に目をやった。街灯の光に何かが反射した。 ナイフのように見えるそれを、彼女は両手で握りしめていた。 私は青ざめた。震える手で携帯を取り出す。 「諒ちゃん、警察を……っ」 しかし、諒は冷静な声で私をなだめた。 「瑞月、落ち着いて。俺は大丈夫だ。上着を着ていたから傷は浅いよ。――さて、そこのあなた。受付の人ですよね。これで気が済みましたか」 諒は淡々とした表情で、自分に怪我を負わせた相手に向かって静かな口調で言った。 彼女はその場に固まったように立ち尽くしていた。諒からまっすぐな視線を向けられて、その表情は凍りついたようになっている。 「わ、私は……ただ……」 「今までは、できれば波風を立てたくないと思ってこれまでのことは流してきましたけど、今回はそれはできそうにないな。私の婚約者を傷つけようとしましたからね。すぐにもうちの病院を辞めて、今後一切私たちには関わらないというのなら、今日のことは忘れましょう。だけど、それができないと言うのなら、警察を呼ばざるを得なくなる。少し前に、ここの郵便受けにおかしな手紙を入れたのもあなたですよね?――どうしますか」 諒の指の間から見えている血は、それ以上は広がっていないようだった。大丈夫だと本人は言っているが、心配でたまらない。私はハンカチを取り出し、口を挟んだ。 「今すぐ警察を呼んだ方がいいよ。怪我だって、早くなんとかしないと……」 諒はハンカチを受け取って腕を抑えると、私を安心させるようにわずかに微笑んでみせた。
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