EP-30

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「怪我の方は、本当に心配いらないから。それに警察云々は、この人の返答次第だ。――あなたにも、あなたを大切に思っている家族や友達がいるはずでしょう?こんなことで、これから先、周りの人たちを悲しませることになってもいいんですか?」 諒のその言い方の中にどこか温かさを感じたのは、私の思い過ごしだっただろうか。 じっと様子を見守る私たちを前にして、ようやく彼女は口を開いた。 「申し訳、ありませんでした……」 つっと涙をこぼして、彼女はがくんと膝から崩れ落ちた。 「……いつでしたか、患者さんに優しいお顔で接していらした先生を見て、それで好きになってしまって……。私なんか全然相手にされないと思いながらも、諦められなくて。少しでも先生に私のことを好きになってほしくて、目に入れてほしくて。でも先生にとって、私は外部から派遣されているただのスタッフの一人でしかなくて……」 うな垂れてぽつぽつと言葉をつなげる彼女を、私は息を詰めながら見つめていた。 「ある時、先生が慌ただしく戻ってらして。ちょうどナースの方に呼ばれて、処置室前までカルテをお持ちした時に、本当に偶然、師長とお話されてるのが聞こえたんです。途切れ途切れだったし、小声でしたけど、先生にとって大切な方のことをお話されてるんだって分かりました。だって、その時の先生は、今まで見たことがないような、本当に優しい表情をしていたから。その後、診察にいらしたのが婚約者の方だって気づいて、入ってはいけないのが分かっていながら、つい診察室に……。お二人の会話が耳に入って、お二人の様子を見てしまったら、先生に愛されているその方のことが、ものすごくうらやましくて、憎くなって。それで、あんな嫌がらせを。それだけじゃなく、待ち伏せまでして、こんなことを……」 彼女は地面に両手をついた。
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