アリは猫の唄を知らない

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 道を歩きながら、別れてからの積もる話を彼は語りはじめた。  あまりにも多くの時間が過ぎていたことを、私は実感していった。なつかしさと寂しさが、激しくこみ上げてくる。この二年に彼は誰を知り、今も彼の心を占める誰かを持つのだろうか。そんな苦い憂いさえ、不思議と心地よい。顔にそぐわない深く低い声は始終、冬亜をとても不思議な生き物のように見せている。悲しいくらいに、平和な時間だと思った。  ……のだったけれど。  うっすらとした悪夢のようなそれは、ほどなく訪れた。必死に遠ざけようとした、でも、ダメだった。  世界のすべてが、空白に塗り変えられていく。冬亜がしゃべり続けている、ちゃんと聞かなきゃいけない、なのに白い闇ばかりが広がって、彼の言葉が頭に染み込まなくなっていく。ちゃんと聞かなきゃ。相づちを打たなきゃ。でもうまくいっている気がしない、焦る心が止まらない……  そうだ。この感覚。  昔から、冬亜に対してだけ私はこうだった。どうして? 冬亜が相手でさえなかったら、こうはならないのに。……いいえ。子どものころは、冬亜に対してだってこうなりはしなかった。  それは、緊張やときめきなんかとは明確に違う。心臓はむしろ、甘い気持ちに染まりつつも心地よく凪いでいる。  とにかく、ダメだった。どんなときでも動じない私が、冬亜に会ったときだけ、恐慌に陥る。幸福の種を潰して真っ白に塗り替える何かが、私の内部をおびやかしている。 「……ご、めん」  弱くかすれた声で言い、私は立ち止まって冬亜から身を離した。 「ん、どうした?」  戸惑いの目が向けられる。 「ちょっと……きょうはやっぱり無理だ。ごめん」 「え……」  二、三歩後ずさると、私は逃げるように道を引き返していった。
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