依頼

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「厄介事か。まあ、そうとも言えるな。関係者が全員すんなり条件呑んでくれれば、話は丸く収まるんだが……」 「もったいぶるな。要点から話せ、要点から」 長年の付き合いながら、持って回った誠司の物言いがどうにも我慢できない。利蔵は苛々と膝を揺すった。 「まったく昔からおまえは気が短いから……判った判った。よく聞けよ」 誠司は諦めたように両手を挙げた。糊のきいたワイシャツの白い袖口が、深いシックな色合いの机の上で妙に目立つ。 「――依頼内容はボディガード。遺言状によって膨大な財産がたった一人の手に渡ることになったから、その人物を警護してほしい」 「ふん、よくある話だな」 利蔵はげんなりした顔を隠そうともしなかった。 「どうせ “全財産を長男に譲る” とかで他のきょうだいがやっかんで……って奴だろ。正直、親もどうかしてるぜ。なんでわざわざ自分の子供たちが揉めるような遺言残すかね。今どき長男がどうとか……」 「悪いが親子間の相続じゃないんだ。更に言うなら親族間でもない」 「親族じゃない?」 「そうだ。親子でも兄弟でも何でもない、まったくの赤の他人だ。その他人に全財産を遺贈することになったから、本来の法定相続人が……」 「ああ、あれか。愛人に全部ってやつか」 したり顔で頷く利蔵を牽制するように、誠司は渋面を作った。 「話は最後まで聞け。遺言状の主は矢吹サチ、76歳。女性の平均寿命を考えると早逝だが、まあ病気持ちだったから仕方ない。夫は5年前に亡くなった。子供はいない。弟が二人いるが、そのうち一人は既に亡くなっている。その妻と子供は健在だけどな」 「へえ。じゃあ本来なら、生きてる弟と、死んだ弟の子供に相続権利があるってことか」 誠司は驚いたように目を見開いた。 「よく判ってるじゃないか。そのとおりだ。被相続人のサチさんには、配偶者も親も子供もいない。従って相続の権利はきょうだいに移る。この場合は二人の弟だな。ところが下の弟は既に亡くなってる。その妻には相続権はないけど、その子供たち、つまりサチさんの甥と姪には、亡くなった弟の代わりとして代襲相続権がある。もし法定どおりなら、弟二人で1/2ずつするところを、次男の取り分が子供二人に回って、甥と姪それぞれ1/4ずつの相続になるはずだった」 まるで法律の試験問題の解説のような誠司の言葉に、利蔵はやれやれとため息をつくと天井を仰いだ。 「それが赤の他人に全部とくりゃ、揉めもするわな。その噂のお方は、故人とどんな関係なんだ。ほんとに愛人じゃないのか」 「違う」 「だったら何だ。若い男を養子にでも取ったのか? よく聞くぜ、若い奴が金持ちの老人を騙くらかして形だけの養子に……」 「いや、養子縁組はしていない。そうしてもおかしくはなかったんだが、とにかく法律的には何の関係もない。本人曰く “純粋な友人” だそうだから」 「純粋な友人? 何だよそれ、胡散臭えな。だからさっさと言えって。どんな奴だよ」 「――十六歳の高校生だ」 「は?」 利蔵のいかつい顎がぱくりと動いた。 「今年、Y高校に入ったばかりの女の子。要するに今どきの女子高生だな」 駄目押しのような誠司の言葉に、利蔵はあからさまに顔をしかめた。 「いわゆるJKってやつか? それが八十手前のばあさんと純粋な友人とか、何の冗談だよ。きちんと事情を話せ、事情を」 「言われなくても話すけどさ、ちゃんと落ち着いて聞けよ。もっともおまえが納得できるかどうかは、また別の話だけどな」 早くも何やらキナ臭い気配を感じ取った利蔵は、仏頂面で腕を組むや、ぎろりと誠司を睨み据える。 壁の時計がちょうど二時の刻を告げて、軽やかに唄った。
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