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顔合わせ
例によってソファの上でうとうとしていた利蔵は、ドアの外の気配で素早く目を覚ました。ガチャリと扉が開く音がした途端、はっきりした声が部屋の中へ飛び込んでくる。
「――どうぞ、中へ入ってください。あ、傘はそっちへ」
慌てて立ち上がると、入口から誠司が女の子を連れて入ってくるところだった。制服姿の少女は利蔵の姿を目にするや、まるで動物園の檻の中にいる動物を見るようにしげしげと眺めた。もっとも今どきの女子高生から見れば、固太りした四十手前の男など、ゴリラの類と大差ないのかもしれないが。
「えーと……お電話でもお話ししましたが、こちらがあなたのボディガードを務める臼杵利蔵さん。元警察官で、僕の高校の同級生でもあります。利蔵、こちらが藤川美海音さん。亡くなった矢吹サチさんと懇意だったお嬢さんだ」
立ったままの美海音との利蔵の間で、誠司が取り持つように互いを紹介する。日頃は何事も卒のない誠司でも、さすがに自分の事務所に女子高生が来る経験はないと見えて、いささか口調が固い。
「臼杵です――よろしく」
利蔵はぼそりと呟くと、それでもきちんと頭を下げた。藤川美海音は黙ったまま、わずかに辞儀を返した。
高校生とはいっても、まだ顔には幼さが残っている。だが童顔の風貌に反して、本人の態度はずいぶん落ち着いたものだった。高校生の身で見知らぬ人間の法律事務所に呼び出されたというのに、さほど緊張した様子もない。
誠司が美海音に座るよう促すと、利蔵はそそくさと美海音の向かいへ腰を下ろした。誠司が冷蔵庫からペットボトルのお茶を三本持ってきてテーブルの上に置く。だが美海音はかすかに首を振ると、自分の鞄から同じくペットボトルの紅茶を取り出した。
「あ、飲み物持ってた? じゃあ、このお茶は持って帰って……」
「――自分で買ったものしか飲まないんで」
初めて聞く美海音の声は幼げな見た目に反して、固く乾いていた。思わず返事に詰まる誠司の代わりに、顔をしかめた利蔵が口を開く。
「別に何も入ってねえよ。てか新品だし。そもそも誰も毒なんて入れやしねえよ」
美海音はちらりと利蔵に目をくれた。
「私のいる施設では珍しくないの。毒じゃなくてもゴミ入れるとか、普通にあるから」
さらりと返された言葉に、今度は利蔵が言葉に詰まる番だった。
美海音が施設暮らしというのは、事前に誠司から聞いていた。両親が離婚して母子家庭で育ったが、母親からの虐待で何度も児相に通報された挙句、二年前に当の母親が美海音を置きざりにして失踪した、と誠司から聞いた時は、さすがの利蔵もいくらか同情したものだ。だが今やその同情もいささか薄れつつあるのは否めない。
「いいよ、もし欲しくなったら遠慮なく言ってくれれば――じゃあ、今日の用件に入りたいけどいいかな?」
美海音は大した興味もなさそうに小さく頷いた。誠司は咳払いをすると、おもむろにテーブルの上のファイルを開いた。
「今日の会合の目的は、まず僕たち全員の顔合わせっていうのがひとつ。これからはこの三人でチームを組むことになるわけだからね」
同意を求めるように、誠司が利蔵と美海音の顔を代わるがわる見やる。利蔵はふむと顎を引いたが、美海音は人形のように黙ったままだ。
「それから事の次第と、今後の方針の説明。それに対する全員の意向の確認――だいたいそういう流れになる。ちょっと長くなるけど、そこは了承してほしい」
そこで誠司はいったん言葉を切ったが、早くも二人の反応に期待するのを諦めたのか、すぐに話を続けた。
「大まかな事情は知ってると思うけど、話の整理も兼ねて最初から説明するよ――まず僕の名前は宇崎誠司。去年からサチさんの顧問弁護士としていろいろお手伝いをしてた。たとえば役所への手続きとか、サチさんの財産の管理とかね。そういう手続き的なものって、何かと面倒だから」
美海音は相槌も打たず、手元のボトルの紅茶を一口飲むと、じっと話の続きを待った。
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