〈こい〉と言わないで

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 最寄り駅の階段を降りると、外は夕焼けだった。限定のショッパーがキラキラと陽を反射する。  ほとんど無意識にインスタを開くと、萩丘と食べたケーキに『いいね』が集まっていた。いくつかコメントも来ていたけど、私はスマホをカバンにしまって、ただ歩いた。数時間前は上機嫌で歩いたはずの道だ。  はしゃぎ声を上げながら小学生らしい子どもたちが走っていく。 『──ねえ、バスケしよ。いっしょに』  一人でブランコに座る私に、そう声をかけてきたのが最初だった。  人形遊びやお絵描きより、外で遊ぶことが好きだった私の周りはいつも男の子ばかりで、それが変だって知ったのはいつだったっけ。 『ミオ、たまには女の子のお友だちと遊んだら?』  なんでお母さんがそんな事を言うのか分からなくて、でもお母さんを困らせたくなくて── 『わたしも入れて』  はじめは受け入れてもらえてたけど、やっぱり遊びに対する温度差って伝わるから、私はだんだん女の子たちの遊びに入れてもらえなくなっていった。  そうして自然と一人で過ごすようになった私を、あいつがバスケに誘ってくれたんだ。 『男の子とはあそばない』  そう言うと、目を丸くしてから『じゃあ、シュート練、手伝って! シュートが何本入ったか数えてよ』と笑った。 「──相沢?」  呼びかけられて顔を向けると、公園のバスケットコートにボールを持った井上が立っていた。 「あ、マジで相沢だ」 「何その反応」  歩き寄ってきた井上に目を眇めると「いや、私服だったから……」と視線を逸らされる。 「あー、買い物帰り?」 「……まあ、そう。井上は? まさかコソ練?」 「まさかってなんだよ」と井上は顔を背けて近くのベンチに腰かけた。そして抱えたボールに目を落とし 「追いつけないだろ。コソ練でも何でも、やんねーと……」  そんな不貞腐れた返事なのに、私は突然目の前が開けたような心地がして立ち尽くした。 「諦めて、ないの……?」  木元くんを保健室に送っていたから実際に見たわけじゃないけど、あの後の試合、萩丘の一人勝ちだったってクラスの子から聞いた。あれから部活の間も二人はギスギスしてたし、残って練習もしなくなったし、てっきり、井上はもう萩丘のことが、バスケのことが嫌になったんじゃないかとか、そんな風に思っていたのに。 「悪かったな、諦め悪くて……」  そう言って睨み上げた井上の目が大きく広がる。 「は、泣いてンの……?」 「泣いてない……」  メイクが落ちるのが嫌で涙をぬぐえない。 「いや、それで泣いてないは無理あるだろ……」  井上は視線を泳がせてズボンのポケットを探ると「悪い、今これしかないわ」と首にかかってたマフラータオルを差し出した。 「やだ汗ついてる」 「るせーな! 文句言うなよ」  私はタオルを受け取ると「ありがとう」と井上の隣に座った。無言になると、子どもたちの笑い声や靴音が、やたらと大きく響く。 「諦めないから、私も……」  ようやく出た声は思いのほかハッキリしていた。 「……なにを」 「アンタと同じもの」  不思議そうに眉を寄せる井上に、不敵な笑みで返す。 「諦め悪いの。私も」
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