4人が本棚に入れています
本棚に追加
最寄り駅の階段を降りると、外は夕焼けだった。限定のショッパーがキラキラと陽を反射する。
ほとんど無意識にインスタを開くと、萩丘と食べたケーキに『いいね』が集まっていた。いくつかコメントも来ていたけど、私はスマホをカバンにしまって、ただ歩いた。数時間前は上機嫌で歩いたはずの道だ。
はしゃぎ声を上げながら小学生らしい子どもたちが走っていく。
『──ねえ、バスケしよ。いっしょに』
一人でブランコに座る私に、そう声をかけてきたのが最初だった。
人形遊びやお絵描きより、外で遊ぶことが好きだった私の周りはいつも男の子ばかりで、それが変だって知ったのはいつだったっけ。
『ミオ、たまには女の子のお友だちと遊んだら?』
なんでお母さんがそんな事を言うのか分からなくて、でもお母さんを困らせたくなくて──
『わたしも入れて』
はじめは受け入れてもらえてたけど、やっぱり遊びに対する温度差って伝わるから、私はだんだん女の子たちの遊びに入れてもらえなくなっていった。
そうして自然と一人で過ごすようになった私を、あいつがバスケに誘ってくれたんだ。
『男の子とはあそばない』
そう言うと、目を丸くしてから『じゃあ、シュート練、手伝って! シュートが何本入ったか数えてよ』と笑った。
「──相沢?」
呼びかけられて顔を向けると、公園のバスケットコートにボールを持った井上が立っていた。
「あ、マジで相沢だ」
「何その反応」
歩き寄ってきた井上に目を眇めると「いや、私服だったから……」と視線を逸らされる。
「あー、買い物帰り?」
「……まあ、そう。井上は? まさかコソ練?」
「まさかってなんだよ」と井上は顔を背けて近くのベンチに腰かけた。そして抱えたボールに目を落とし
「追いつけないだろ。コソ練でも何でも、やんねーと……」
そんな不貞腐れた返事なのに、私は突然目の前が開けたような心地がして立ち尽くした。
「諦めて、ないの……?」
木元くんを保健室に送っていたから実際に見たわけじゃないけど、あの後の試合、萩丘の一人勝ちだったってクラスの子から聞いた。あれから部活の間も二人はギスギスしてたし、残って練習もしなくなったし、てっきり、井上はもう萩丘のことが、バスケのことが嫌になったんじゃないかとか、そんな風に思っていたのに。
「悪かったな、諦め悪くて……」
そう言って睨み上げた井上の目が大きく広がる。
「は、泣いてンの……?」
「泣いてない……」
メイクが落ちるのが嫌で涙をぬぐえない。
「いや、それで泣いてないは無理あるだろ……」
井上は視線を泳がせてズボンのポケットを探ると「悪い、今これしかないわ」と首にかかってたマフラータオルを差し出した。
「やだ汗ついてる」
「るせーな! 文句言うなよ」
私はタオルを受け取ると「ありがとう」と井上の隣に座った。無言になると、子どもたちの笑い声や靴音が、やたらと大きく響く。
「諦めないから、私も……」
ようやく出た声は思いのほかハッキリしていた。
「……なにを」
「アンタと同じもの」
不思議そうに眉を寄せる井上に、不敵な笑みで返す。
「諦め悪いの。私も」
最初のコメントを投稿しよう!