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「わっ!」
慌てるあまりに濡れた草に脚を滑らせた挙げ句、その先に居たヴォルフレンを巻き込んだ。
ドサリと押し倒すようにして彼に覆い被さり、沐浴で程良く冷えた筈の体が途端にボッと熱を帯びた。
「ご、ごごっごめんなさい!」
悲鳴混じりに体を起こし、引き倒した彼の上から下りようと体を捻る。
その時だった。
大きな掌が腰に充てがわれ、絡め取られるように抱きしめられた。
「…あのっ…ヴォルフレン様?」
「…駄目だなっ…この状況で、平然としていられるほど…、私は紳士ではないようです…」
そんな囁きを添え、転がるようにして今度はマリアの方が草原へと押し倒される。
途端に彼が見せた雄の顔に、ドキリと胸が鳴った。
ここはどうにか逃げなくてはと理性は叫ぶのに、逃げ出さないように手首を押さえる腕の力強さと、頬を撫でる温もりにときめいてしまう。
戸惑う内、寄せられたヴォルフレンの顔に囚われて、喰らいつくように唇を奪われた。
あまりにも強引で艶めかしく、それでいて優しくて―――。
彼に対してそんな気は無かった筈なのに、今世最初となる貞操を差し出すことに抵抗は無かった。
まるで、そうされる事を望んでいたみたいに自然と互いを求め合った。
「…レン…っ…」
睦み合いの最中、微かにかつての夫の名が口を吐いた。
夫とは同じ看護学校で出会い、医療従事者として切磋琢磨する中で意気投合した。
底抜けに優しくて時々お茶目で、くしゃりとした笑顔が素敵で―――、気付けば溺れる程に惚れ込んでいた。
三十目前で互いに資金が貯まったのを機に結婚して、その後すぐに娘を授かり、大変ながらも満ち足りた日々が幸せだった。
――嗚呼、そうか。
ヴォルフレンに対して妙な親近感を覚えていたが、それは夫に似ていたからだと気付いた。
笑い方がそっくりで、笑い事じゃ無いことも大した事ないと笑い飛ばせる豪快さもあって―――。
思い出した途端に涙が溢れ、それを隠すように瞼を伏せた。
もう、あれだけ愛した夫は自分の隣りには居ない―――…。
その現実を受け止めるように今、目の前に在る彼から注がれる愛に没頭した。
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