羽を伸ばせなくなった世界

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 どうせ、正義なんてないんだと多くの人はあきらめた。  そして、表情を変えない生活を強いられ、自然と外に出る機会も減った。バーチャル世界にのめり込み、その世界だけで生活するようになった。  最初は遊びから始まったが、仕事もバーチャル世界で済むようになり、生活の全てがバーチャル世界になっていく。スーパーやコンビニは減り続け、直接顔を合わせるサービス業が軒並み消えていった。  バーチャルな世界の方が景色も綺麗だし、その場で遊んでいる雰囲気を味わえるのだ。世界旅行だってできるし、家にいながらサーフィンだってできる。外国の料理を味わった気分になれるし、本当に川下りをしている感覚を味わったり、緑の山を散策する気分にもなれる。  こうして、人々は家にだけいる生活になった。バーチャル世界では立体眼鏡をかけながら、本当に体を動かすので意外に運動不足にはならない。  仕事も恋も結婚も、全てがバーチャルで行われる。  人々はバーチャルな世界で羽を伸ばして暮らしている。  こうして、世界中で人々はバーチャルで暮らし始めた。そして、増え続けていた人口は下り坂になっていく。  某国某地方の豪邸。 「ふははは。世界中の愚民どもめ。これで今まで使われていた貨幣から、自然と仮想通過に全ての国でほぼ同時に切り替えることができた。」  ある金持ちが高笑いをしていた。世界を金で支配している。そのため、限界を迎えていた社会を無理矢理変えたのだ。そのままでは、自分達の持っている貨幣が紙くずと化す可能性があったからである。 「ま……、これも、社会のため、地球のためでもあるぞ。」  一人、酒を飲みながら満足げに呟く。 「……あぁ、仕事をしないと行けない時間か。」  彼は呟くと立ち上がり、飲みかけのグラスを置いて仕事部屋に向かった。そこには豪勢なリラックスチェアがあり、立派なVR眼鏡がある。  あまりにも徹底してバーチャル世界を推進しため、自分もバーチャルでないと仕事が出来ず大好きな金儲けもできない。  金持ちは鼻歌を歌いながら、のびのびと金儲けを進める。バーチャル世界で有名企業を今日も買収した。  仕事も無事に終わり、どこかに出かけようと旅行に行くことにした。本当に着ることができない服に大枚を使い、着飾っていく。  こうして、気づけば何時間か経っている。バーチャル世界を旅したまま、眠っていることもしばしばだ。  それを、冷たい目で見ている者がいた。金持ちの執事である。彼は信用されていて、大概のことは任されている。  すっかり、人は忘れてしまったが、物理的な財産をしっかり持っていた。金やプラチナをはじめ、銀食器や絵画なども執事は自分の資産として持っている。  さらに、最近の主人は物理的な資産のことを忘れがちになっているため、勝手に自分名義にしたりしていた。できる執事は、主人にばれた時もきっちり言い訳を考えてあるから抜かりない。  彼の資産のほとんどは、主人がいらんと捨てた物ばかりだ。それが、しばらく前までならば美術館に飾られていたような物でさえも、バーチャルが行き過ぎた世界では無用になってしまった。  それをちゃっかり横取りしたのだ。  主人の生活のほとんどは、バーチャルな世界で事足りる。  だから、物理的なことのほとんどがいらなくなっている。  バーチャルの世界に飛び立っていった主人を横目に、執事は主人がいらないと言った母屋の豪勢な部屋でゆっくりと羽を伸ばし、昔は高級品として取引されていたワインを飲んだのだった。
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