歓喜の秋

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 それから僕は、いったい君に何本のパスを出したことだろう。でもそれは、僕と君の連携に気付きマークを強固にしてきたT校のディフェンダーにことごとく阻まれた。  これは延長戦に突入かなと諦めかけた後半終了間際、センターサークル付近でボールを持った僕は君の姿を探した。  君はディフェンダーにぴったりマークされながらも僕の視線を受け止めた。『オレにくれ!』と君の瞳が叫んでいたよね。  僕は注意を逸らすためにその場でゆっくりと円を描くようにボールを捌き、君がいったんゴールから離れるのを確認してドリブルで上がった。  そして、ここがもう限界というところでゴール目掛けてセンタリングを上げた。君が絶対にその場所にいることを信じて。  緩いカーブを描いてゆっくりと伸びたボールの軌跡――その先に、君が姿を現した。  僕は君がボールに触れる直前に小さくガッツポーズを作った。あのボールは必ずゴールネットを揺らすはずだ。君が必ずゴールするはずだ!  ――高くジャンプして伸び上がった君のヘッドが、僕のボールをピンポイントで捉える。柔らかな髪を揺るがせて、ボールはキーパーの手を弾き、風を斬るようにゴールネットに吸い込まれた。  応援団の太鼓の音、女子高生の嬌声、ベンチの歓喜……  君はそれらに応えるように、くるりと得意の宙返りをしてみせた。人差し指を高く掲げ観客にアピールする君に、重なり合って喜びを爆発させる先輩たち。  君はそんな先輩たちを押し退けて、真っ直ぐに僕に走り寄ってきたよね。そして紅潮した頬をほころばせながらタックルの勢いで僕に抱きついた。  僕は嬉しくて。それなのに、君の髪をクシャクシャと乱暴に撫でてあげるのが、僕にできる精一杯の表現だった。  君はこのとき僕の脇腹を思いっきりつねったんだよ。『約束を守ったご褒美だよ』って僕の耳元で囁きながら……  汗の粒をキラキラと輝かせて嬉しそうにはしゃいでいた君を、僕は今でも忘れることができない。  初めての、僕と君とのゴール。僕はこのとき君とサッカーをすることの喜びが、体中に満ち溢れてくるのを感じていたんだ。  3対2で逆転勝ちした僕たちは、帰りに駅前のファストフードで監督にハンバーガーを奢ってもらいながら試合の反省会とお祝いをした。    僕は先輩たちに『試合中トモはジュンのことしか見てなかったよな』と言われ、とてもどぎまぎした。  でも違うんだ。僕が君のことばかり見ていたわけじゃなくて、僕がボールを出したいと思っているところに、いつも君がいたんだよ。これって言い訳っぽいかな?  あれから僕と君はレギュラーに昇格し、1年生ながらもチームを引っ張っていく存在になった。  僕はいつだって君を探して、君だけのためにパスを出し続けた。君もその思いに応えるようにゴールに向かって走り続けたね。    僕たちの約束は守られていた。ずっと守られていくと、信じていた。  まさか僕と君のサッカーがあんなに早く終わってしまうなんて、この時は二人とも想像もしていなかったよね……。  
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