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Desire
「ごちそうさまでした!」
「あら〜綺麗に食べてくれたのねぇ。おばさん嬉しいわぁ」
2学期の期末試験前。君が試験勉強を一緒にしようって言い出して、僕の家に泊まったのを覚えている?
僕の母は、元気で礼儀正しくて可愛い君のことがお気に入りだった。何を食べても反応の薄い僕と違って、君は好き嫌い無しに何でも美味しそうに食べたからね。
本当は、悪戯好きで意地っ張りで喧嘩っ早くて、どうしようもなく手の掛かる人なのに、僕以外の人の前では妙にしっかりとしていて受けが良いんだ。ズルイ人だよ、君は。
食事をしてお風呂に入った後、うつらうつらしてしまいそうになる君のほっぺたを時々つねりながら、君の苦手な数学を勉強したっけ。
「この公式は覚えておいたほうが良いよ」
「これも? さっきもこっちの公式を覚えろって言った」
「それもこれも覚えるの。どっちも大事な公式なんだから。こんなに短い公式なんだから簡単でしょ?」
「……」
勉強机に椅子を2つ並べて隣り合って座っていた君は、だらりと両腕を伸ばして机の上に突っ伏した。
「椎名! 一緒に勉強しようって言ったのはどこの誰だよ? 邪魔するために来たの?」
眠気を堪えて目をシバシバさせている君は、まるで満腹になった小動物のように可愛くて、僕は誰にも感じたことのない庇護欲みたいなものを感じずにはいられなかった。
本当は勉強なんてどうでも良かったんだ。君と一緒にいられれば、それだけで僕は嬉しかった。眠そうにしている無防備な君の顔を見るのは本当に幸せで。
『邪魔しに来たの?』なんて言ったけど、それは僕の照れ隠し。怒ってなんかいないし、君のことを邪魔だなんて思うはずがない。
まったくさ、僕は自分でも笑えるくらい君に甘くて『クラス委員のくせにえこ贔屓するな!』ってよくみんなに怒られたよ。
「こんな公式覚えたってオレには意味ないんだけどなぁ。大学は文系だし、社会に出たらこんなの使わないって」
君は面倒くさそうに文句タラタラで僕に抗議した。
「椎名、いいこと教えてあげる」
「なに? いいことって」
伸ばした腕に片頬を乗せたまま、君は興味ありげに僕を見上げた。
「数学ってさ、国語とかと違って必ず正解があるだろ?」
「うん。オレはそれがイヤなん……」
僕は君の言葉を遮って続けた。
「正しい答えを出すために一生懸命考えるよね?」
「まぁね」
「僕たちが難しい数学の問題を解く本質はそこにあるんだよ。考えて考えて答えを導き出す。その過程が大事なんだ。わかる?」
「わかるような、わかんないような?」
いったい何を言い出すんだ? って顔をして、君は僕を見ていたね。『また永瀬が面倒なことを言い出した』って思っていた?
重そうに開かれた瞼、シャンプーの香りを漂わせる柔らかな髪、僅かに開かれた無防備な唇。いつも強気の君が僕だけに見せる甘えた姿に、僕は完璧にノック・アウトさせられた。
「社会に出たらさ、きっと今の僕たちには想像もつかないような大変なことがいっぱいあるんだよ。そういう困難な状態になったときでも一生懸命考えて答えを出せるように、今から練習してるんだよ。だからね、答えが出るまで諦めちゃダメなの。わかった?」
わかっているのかいないのか、ポカンと口を開けて話を聞いている君に、僕は思いっきりデコピンを食らわせた。
「いッ……たいよッ!!」
「目が覚めた?」
「覚めた! 覚めました! 覚えればいいんでしょ!」
僕の指の痕で真っ赤になったおでこを両手で押さえながら、君は僕を甘く睨んだ。
「さ。勉強、勉強」
その視線に動揺した僕は、わざと乱暴に教科書を広げた。問題を解いている最中、君に触れていた僕の左腕はまるで熱を持ったように、ずっとずっと熱いままだった。
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