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「おやすみ」
「おやすみ……」
結局試験勉強に対する緊張感よりも眠気の方が勝ってしまった君は、いつの間にか僕の肩に寄りかかったまま眠ってしまった。僕も仕方なく勉強を諦めた。時間も結構遅かったしね。
君を揺り起こして、母が僕のベッドの横に敷いておいてくれた布団に寝かせると、眠たそうな目を擦りながら、ゴソゴソと布団の中に潜り込んで丸くなってしまったっけ。
でも、布団の中に入ってからは君の寝息が聞こえてこなかった。何度も寝返りを打っているのがわかる。
その日はもの凄く寒くて、暖房を付けていても冷えびえと感じられた。フローリングの上に直に布団を敷いただけでは、寒がりの君は我慢が出来なかったんだろう。
「寒いの?」
僕はベッドから起き上がって、下で寝ている君に声をかけた。
「うん。ちょっと……」
こんもりと山のようになった布団の中から、亀みたいに目だけ出して君は応えた。
「やっぱ床の上に布団じゃ寒いよな。ごめんな、お客用のベッドとか無くて。替わってあげる。僕がそっちで寝るから椎名はベッドで寝て」
「いいよ。大丈夫」
「だめだめ。試験前に風邪なんかひいたら困るでしょ」
僕のせいで君が風邪なんかひいてしまったら、僕の気が済まない。そんなことになるくらいなら自分が風邪をひいた方がよっぽどマシだ。
僕がベッドから出ようとすると、君はモソモソと布団ごと僕の側に寄ってきて、
「だったら一緒にベッドで寝ようよ。そのほうがあったかいし」
そう言って僕を見上げた。
「いいけど……シングルだし、狭いよ」
「体くっつけて寝たほうがあったかいって」
心中穏やかではない僕の気持ちなんかお構いなしで、君はさっさと僕の隣に入り込んでしまった。
「寒いから早く布団掛けて」
「うん」
遠慮がちにベッドの端に横になりながら、僕は君の肩を冷やさないように布団を掛けてあげた。
「もっとこっち。それじゃおっこっちゃうでしょ。はい、ちゃんと布団も掛けて」
君は僕の背中を引き寄せて布団を僕の肩に掛けると、そのまま抱き付くようにして僕の鼻先に頭を付けてきた。
ガチガチに緊張して足まで冷たくなってしまった僕に気付いたのか、君は僕の足を包み込むように自分の足を絡ませた。
「足、冷たくなってるじゃん。ほら、こうすればあったかいでしょ?」
「う、ん……ありがとう。もう、寝よ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ……」
僕は怖かった……
早鐘のようにドクンドクンと波打っている心臓の音を君に気付かれてしまうのが、怖かった。
僕たちは友人で、男同士だ。一緒のベッドに寝たってどうってことない。単に寒いから体をくっつけているだけだ。君には何の意図もありはしない。
だけど、僕は――
君の安らかな寝息を首すじに受けながら、僕はこの時はっきりと感じ取った。君への気持ちが決定的になってしまったことを。
君とじゃれ合う同級生たちや、ゴールを決めた君を抱きしめるサッカー部の先輩たちに今まで感じていた理不尽なまでの苛立たしさが、いったいどこから来ていたのか。
けれど、この気持ちを君に気付かれてはいけない。そんなことになったら君はきっと僕を嫌い、避けるようになるだろう。君を失うくらいなら、僕は一生この気持ちを胸に抱いて苦しむほうを選ぶ。
僕は君が好きだから。
僕は、僕のこの気持ちから君を守らなければならない。君が僕のせいで苦しんだりしないように。
その夜、僕は一睡も出来ないまま、君の温かい体温に包まれて朝を迎えた。
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