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僕たちが席についてメニューをあれこれ考えていると、やっと君たちの自転車が見えてきた。君が体全体を前のめりにしながらペダルをこいでくる。
坂の頂上でやっと自転車を降りると、汗で額にピッタリと張り付いた前髪を鬱陶しげに腕で払いのけて、君は僕たちの姿を探した。僕は窓をトントンと叩いて君に知らせ、こちら側から君を手招いた。
「ジュン! こっちこっち!」
「んだよ。さっさと入っちゃって」
仲間に手招きされて店に入ってきた君は、ふくれた顔を見せた。
「ジュンが遅すぎるんだよ。外で待ってたら風邪引いちゃうだろ」
「オレは暑ぅーーい! 喉渇いたー!」
暑い暑いとしきりに手のひらで顔の辺りを扇ぎながら、君は有岡君を押し退けてちゃっかり僕の隣に座った。
「水、すぐ来ると思うけど、飲むか?」
喉が渇いたと言った君に、正面に座った藤本君が水の入ったグラスを差し出した。
「え? あ、うん・・・・・・大丈夫」
みんなは平気でペットボトルの廻し飲みをしたりするけど、君はそれが苦手だ。露骨に拒否したりはしないけど、いつでもやんわりと断っていることに僕は気が付いていた。ついでに言えば、僕もだけどね。
お店はちょうどランチタイムでたて込んでいて、水もなかなか来なかった。君も我慢の限界だったのかもしれない。
「飲んでいい?」
君は小さな声で僕に聞いた。僕が頷くと、嬉しそうに僕の水をゴクゴクと飲んだよね。
汗に濡れて光っている君の喉元が水を飲む度にしなやかに上下するのを眺めて、僕は少し優越感に浸った。だって、君は僕のものだけにはいつだって抵抗なく口を付けたから。
「おいジュン! 俺のは飲めなくてトモのは飲めんのかよ」
藤本君が気付いて正面の席から君の頭を小突いた。
「永瀬はオマエみたいに変な病気持ってないもん」
「俺だって変な病気なんか持ってねーよ! トモだってわかんないぜ。実は裏ではすっげー遊んでて変な病気たくさん持ってるかもよぉ〜」
「そうなの?」
そうなの? って……。
君の知らない僕なんて、この気持ちを除いてどこにも存在しないよ。君は? 僕の知らない君はたくさんあるのだろうか。
「遊んでもいないし病気も持ってない。だから水は飲んでも大丈夫」
真面目に応えた僕の顔を覗き込んで、君はクスクス笑ったね。
「ふぅ。やっと落ち着いた〜」
空のグラスを持った腕を僕の膝の上に投げ出し、君は無造作に椅子の背にもたれ掛かった。
偶然のように肩先を掠めた君の溜息は、僕の中で眠っている君への苦しい恋心を呼び覚ましてしまいそうで、赤くなっていく顔をみんなに気付かれないようにするのに僕は必死になった。
帰りのジャンケンで僕は忘れずにパーを出した。
君が今度もパーを出すとは限らないと内心ヒヤヒヤしたけど、君はやっぱりパーを出した。君の単純さがこの時ばかりはありがたかったな。
「よし永瀬! 時速50キロで行こうぜ!」
タンデム用の自転車で時速50キロとは無茶な要求だ。でも、帰りは下り坂だし、人はいないし。君がそう言うなら僕は頑張っちゃうけどね。
「OK。途中で振り落とされても知らないよ」
「おぅ!」
スタートの声と共に、僕はペダルを蹴った。
冷たい風を切って、君と二人だけで坂道を急降下する。
僕の後ろでペダルをこぐのをやめた君が、まるでジェットコースターにでも乗っているように楽しそうな声を挙げる。
「気持ちいいな」
君が、そう言った。
「ああ。最高だ」
僕が、応えた。
このまま、坂道が終わらなければいいと思った。いつまでも、どこまでも、君を乗せて走り続けたいと思った。
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