甘い約束

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甘い約束

 別荘行きの目的が【ジュンに白状させる会】だったことなんて、藤本君はすっかり忘れてしまっているようだった。  寝る時間になって、部屋割りをするジャンケンで君はまたパーを出した。よほどパーが好きなのか、それとも握ったりVの形にしたりするのが面倒なのかは判らないけれど。もちろん、僕は君と同じ部屋になれた。  部屋に行こうとすると、藤本君が僕の腕を引っ張って 「そう言えばジュンのアレ、すっかり忘れてた。あとで聞いとけよ」  と、僕に耳打ちした。  僕は昼間の楽しさから一転して憂鬱な気分になった。自分じゃ聞けないからここまで来たのに。  部屋に入っても僕は落ち着かなかった。いつ、どうやって切り出したらいいのか。そもそも聞いたところでどうなるって言うんだ。  相手が女の子ならまだしも、もしサッカー部の誰かだとしたら、僕は部活を続けられるだろうか。  このまま聞かないほうがいいかもしれない。でも知りたい……。 「ねぇ、椎名」 「あのさ、永瀬」  声を発したのは、二人同時だった。ベッドの上で荷物を広げていた君が、照れくさそうに僕を見ていた。 「なに?」 「永瀬は? なに?」 「僕? 僕は……別に大したことじゃない。椎名が先に言っていいよ」  やっぱり僕には君に好きな子のことを聞く勇気なんてない。君の口から愛しげに誰かの名前が告げられるのを聞くなんて、あまりにも苦しすぎる。 「あのさ。これ、あげる」  君は赤いハート柄のペーパーで可愛くラッピングされた小さな箱を、僕の前に差し出した。  自分の思いに浸り込んでいた僕はしばらくぼんやりとその箱を眺めた後、ハッと我に返った。これって?  多分この時の僕の顔はずいぶんと滑稽だっただろうね。苦悩に満ちていて、それでいてマヌケで。  僕は君のベッドに歩み寄り、差し出された小さな箱を両手で受け取った。落とさないように、慎重に。君はいきなり大声で笑い出した。 「何それ! 別にヤバいものなんて入ってないよ」  君はドッキリでも仕掛けられると思って僕が用心してると思ったんだね。違うよ。それが藤本君が言っていた逆告白のチョコレートだと思ったからだよ。 「開けてみてよ。別に愛の告白じゃないから安心して」  なんだ、愛の告白じゃないんだ。まさか本当にビックリ箱とか? 「変なものじゃないからとにかく早く開けてって。あとさ、何かしゃべってくんない? さっきから黙ったままで気味悪いよ」  我ながら情けない。喉はカラカラだし、まるで金縛りにでもあったように動けない。君はベッドの中央に座ったまま、早く早くと僕を急き立てた。    やっとの思いで僕は君の隣に腰を下ろし、箱を膝の上に置いた。ゴールドのリボンを解き、綺麗に丸めて脇に置く。ハート柄のラッピングペーパーは破いてしまわないように慎重に開いた。  中から出てきた黒い箱を開けると、そこには直径5センチほどの小さなサッカーボールが入っていた。チョコレート色の濃淡で作られた、結構高そうな革製のミニチュア・サッカーボールだ。 「サッカーボール?」  意外な中身に、僕はちょっと気が抜けたような声を出した。 「うん。バレンタイン用の特別限定品なんだって。チョコレートも下に入ってるでしょ?」  覗き込んで君が摘み上げたチョコレートらしき物の包みは、確かにボールを支える土台となるようにチマチマと並んでいた。 「限定品?」 「そ。店の前をたまたま通りかかったらさ『サッカー好きの彼へ 限定10個』って書いてあって。なんかオレ、すっげー欲しくなっちゃって」  箱の中からボールを取り上げ、君はポンポンと手の中で遊びだした。何だかとっても嬉しそうだった。 「僕に、くれるの?」 「ん。おそろい。オレの分も買ったから」 「2つも買ったの? これって革製でしょ? 高かったんじゃない?」 「おかげで今月のこづかい大ピンチ。一週間昼メシおごれよ!」  君は僕の手のひらにポンとボールを落とすと、悪戯っ子のようにクスリと笑った。勝手だな、まったく……  僕は嬉しかった。とっても嬉しかった。僕がどんなに嬉しかったかなんて、きっと君にはわからないよね。 「ありがとう椎名。大事にする」 「うん」  この時の僕たちは、何だかお互い照れ臭くて、ぎこちなくて、可笑しかったね。 「それにしても凄いラッピングだね。この真っ赤なハート」 「だろ? あげるのは男だからそのままでいいって言ったのにさ。『愛に性別は関係ないのよ』て言われて。超恥ずかしかったよ。あのお姉さん、絶対変な想像してた」  派手なハート柄の包みを2つも抱えて途方に暮れながら歩いている君の姿を思い浮かべて、僕は涙が出るほど笑った。 「笑うな。女の子からの告白じゃなくて悪かったな」 「そんなことない。嬉しいよ。すごく」  君は黙って、僕を見つめた。 「永瀬……ずーっと、一緒にサッカーやろうな。これは約束の印」  君が急に真面目な眼差しになる。  これは愛の告白なんかじゃないと、僕は自分に言い聞かせた。神様はいじわるだ。心がこんなに揺れるのに、これが告白じゃないなんて。 「椎名……」  君はずるい。それは殺し文句だよ。僕はもう、止まらない。君に向かって流れ出す僕のこの心をどうしたらやり過ごすことができるのだろう。 「ああ。約束する。ずっと。ずっと一緒に、サッカーしよう」  僕は泣き顔を見せないようにそう応えるのが精一杯だった。君は微笑みを滲ませながら、満足そうに頷いた。
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