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終わりの始まり
「もうすぐ3学期も終わりかぁ。いよいよ2年だなオレたちも」
「ああ。そうだな」
溜息混じりの君の言葉を、僕は胸の痛む思いで聞いていた。
2年になれば進路別のクラス分けで君と離ればなれになってしまう。もちろん部活は一緒だし、選択科目で同じ授業を受ける可能性もあるけれど。
隣りに座る君の温もりがなくなることを考えると、僕は居たたまれない気持ちになった。
「どうした? 元気ないじゃん」
あれ以来、昼も夜も同じような夢ばかり見る。お陰で毎日寝不足でクタクタだった。
「そんなことない。大丈夫だよ」
見かけによらず勘のいい君に心配をかけないように、僕は疲れて重くなった体をムリヤリ机から引き剥がした。
「顔が赤いよ。熱でもあるんじゃない?」
「そうか、な」
急接近してきた君の顔に、僕は硬直した。
君の額が僕の額にコツンとぶつかる。目の前で、夢で見たときと同じ柔らかそうな唇が開いた。
「やっぱり熱あるよ。帰ったほうがよくない? 6時間目は数学だし。1回くらい休んだってどうってことないだろ?」
「大丈夫だよ、大したことないから。部活だって出たいし」
残り少ない君との時間を、たかが熱ごときで無駄にするわけにはいかない。君と一緒にいる時間は、たとえ1分1秒でもとても大切なんだ。
「じゃあ保健室行こ。オレがついてってあげるからさ」
「とか何とか言って。数学、サボりたいんじゃないの?」
「バレた?」
「当たり前。そんなんじゃ誤魔化されないよ」
「いいから行こう。マジで寝てたほうがいいって」
君に腕を取られて立ち上がりかけたところに、ちょうど先生が入ってきた。
「何やってるんだ。席に着きなさい」
僕はおとなしく座りかけたけど、君は引き下がらなかった。
「先生! 永瀬、熱があるんです。オレ、保健室までつれていきますから」
先生は僕の側まで来て、疑わしげに手のひらを額に当てた。
「確かに少し熱いな。今日は問題集中心だから心配することはない。保健医に診てもらってきなさい」
そう言って教壇に戻りながら『保健委員は誰だ?』と声をかけた。
「ハイハイ! 先生! オレ、保健委員です!」
そう。確かに君は保健委員だった。保健委員は授業をサボれるからって、立候補したんだったよね。
「椎名は5分で戻って来いよ。サボるんじゃないぞ!」
僕は君に連れられて……というか、僕の後ろを楽しそうに君がくっついて来て、保健室に着いた。保健医の先生は居なかった。
「オレも一緒に寝ちゃおうかな」
そう言いながら、君はベッドに横たわった僕に布団を掛けてくれた。
「ありがとう」
「ホントに帰らなくて大丈夫? 最近ちょっと疲れてるみたいだったから心配だったんだ。何かあるならオレだけにはちゃんと言えよ」
「サンキュ。昨日テレビ見ながらソファで寝ちゃったんだ。多分そのせい」
とっさについた嘘だったけど、君は少し安心したような顔になった。
「永瀬もそんなことするんだ? だったらいいけど……後で迎えに来るからちゃんと寝てろよ」
「わかった。もう5分経ったよ。早く戻らないと怒られるぞ」
「はいはい。じゃあね」
君は笑いながら、手を振って保健室を出て行った。
――君の笑顔を見たのは、この時が最後になってしまったね。
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