終わりの始まり

1/2
前へ
/29ページ
次へ

終わりの始まり

「もうすぐ3学期も終わりかぁ。いよいよ2年だなオレたちも」 「ああ。そうだな」  溜息混じりの君の言葉を、僕は胸の痛む思いで聞いていた。  2年になれば進路別のクラス分けで君と離ればなれになってしまう。もちろん部活は一緒だし、選択科目で同じ授業を受ける可能性もあるけれど。  隣りに座る君の温もりがなくなることを考えると、僕は居たたまれない気持ちになった。 「どうした? 元気ないじゃん」    あれ以来、昼も夜も同じような夢ばかり見る。お陰で毎日寝不足でクタクタだった。 「そんなことない。大丈夫だよ」  見かけによらず勘のいい君に心配をかけないように、僕は疲れて重くなった体をムリヤリ机から引き剥がした。 「顔が赤いよ。熱でもあるんじゃない?」 「そうか、な」  急接近してきた君の顔に、僕は硬直した。  君の額が僕の額にコツンとぶつかる。目の前で、夢で見たときと同じ柔らかそうな唇が開いた。 「やっぱり熱あるよ。帰ったほうがよくない? 6時間目は数学だし。1回くらい休んだってどうってことないだろ?」 「大丈夫だよ、大したことないから。部活だって出たいし」  残り少ない君との時間を、たかが熱ごときで無駄にするわけにはいかない。君と一緒にいる時間は、たとえ1分1秒でもとても大切なんだ。 「じゃあ保健室行こ。オレがついてってあげるからさ」 「とか何とか言って。数学、サボりたいんじゃないの?」 「バレた?」 「当たり前。そんなんじゃ誤魔化されないよ」 「いいから行こう。マジで寝てたほうがいいって」  君に腕を取られて立ち上がりかけたところに、ちょうど先生が入ってきた。 「何やってるんだ。席に着きなさい」  僕はおとなしく座りかけたけど、君は引き下がらなかった。 「先生! 永瀬、熱があるんです。オレ、保健室までつれていきますから」  先生は僕の側まで来て、疑わしげに手のひらを額に当てた。 「確かに少し熱いな。今日は問題集中心だから心配することはない。保健医に診てもらってきなさい」  そう言って教壇に戻りながら『保健委員は誰だ?』と声をかけた。 「ハイハイ! 先生! オレ、保健委員です!」  そう。確かに君は保健委員だった。保健委員は授業をサボれるからって、立候補したんだったよね。 「椎名は5分で戻って来いよ。サボるんじゃないぞ!」  僕は君に連れられて……というか、僕の後ろを楽しそうに君がくっついて来て、保健室に着いた。保健医の先生は居なかった。 「オレも一緒に寝ちゃおうかな」  そう言いながら、君はベッドに横たわった僕に布団を掛けてくれた。 「ありがとう」 「ホントに帰らなくて大丈夫? 最近ちょっと疲れてるみたいだったから心配だったんだ。何かあるならオレだけにはちゃんと言えよ」 「サンキュ。昨日テレビ見ながらソファで寝ちゃったんだ。多分そのせい」  とっさについた嘘だったけど、君は少し安心したような顔になった。 「永瀬もそんなことするんだ? だったらいいけど……後で迎えに来るからちゃんと寝てろよ」 「わかった。もう5分経ったよ。早く戻らないと怒られるぞ」 「はいはい。じゃあね」  君は笑いながら、手を振って保健室を出て行った。    ――君の笑顔を見たのは、この時が最後になってしまったね。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加