そして、長い手紙

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チョコを渡すかどうか迷っていた俺のために、藤本が別荘への旅行を計画してくれました。 俺が言うのもなんだけど、あいつは策士です。 君のこともきっと適当な理由を付けて誘ったのだと思います。 でも、唯一俺の気持ちに気付いて、それでも俺のことを遠ざけなかった繊細で温かな奴でもありました。 結局、俺は藤本の好意を生かすことができなかった。 サッカーボールを手渡すのが精一杯でした。 君と一緒にサッカーを続けられなくなるのが怖かったんです。 君とずっと一緒にサッカーがしたい。これだけが俺の望みでした。 そのためなら、俺は自分の気持ちなんて封印するつもりでいたんです。 それなのに、俺は俺の唯一の望みを自分自身で壊してしまいました。 保健室での日。 君は相当疲れていたようで、授業が終わって迎えに行ったときもぐっすりと眠っていましたね。 俺は君を家まで送り届けると嘘をついて部活を休み、ずっとベッドのそばで君の寝顔を眺めていました。 君と出逢った日のこと、薔薇の温室に俺を助けに来てくれたこと、秘密の場所を共有した夏の日、全国大会でゴールしたときの歓び…… 君との1年間を思い出しながら、自分の気持ちに決着を付けようと思っていました。 俺のこのやり場のない感情よりも、君との友情を取ろうと決めたんです。 俺は、君への気持ちにさよならするために額にキスをしようとしてやめました。 君が夢にうなされるように目を覚ましたから。 それでも、君の髪に触れたとき、俺は少し後悔しました。 もちろんサッカーでゴールを決めて君に抱きつくことは、これから先もあるでしょう。 でも、こんなふうに髪に触れることは俺にはできないんだなと。 君のファンクラブの、あの女の子の顔が微かに頭の隅をよぎりました。 君からキスされたとき、俺はバレた?と思って動揺してしまったんです。 俺の気持ちに気付いて、君が俺を揶揄(からか)ったんだと。 そんなこと、あるわけないのにね。 君がそんな人間じゃないことは俺が一番よく知っているはずなのに。 あのとき俺はパニックでした。 やっと折り合いを付けようと思っていた自分の気持ちを掻き乱してくる君に苛立っていたのも事実です。 ずっと一緒にサッカーをやる。君とのその約束がガラガラと壊れていく音、自分の決心が踏みにじられていく音。 どれもこれもが、俺自身の勝手な妄想と思い込みと、そして君への理不尽な苛立ちでした。 ちょうどその頃、両親の離婚が決まり俺は父の転勤について行くことになりました。 親戚の家での居候の件は俺から断わりました。 君と毎日顔を合わせるのがつらかったからです。 傲慢で身勝手で情けなかったけど、あの頃の俺には精一杯の選択でした。 あれから7年。君を思わなかった日はありません。 どれほど君を傷つけたか、その自責は膨らむ一方でした。 先日、君からもらった数学の参考書が見つかりました。 中から部活の朝練で撮った君の写真が出てきたのです。 祖父からもらったライカで撮った写真です。覚えていますか? 君はとても嫌がって逃げ回っていたけど、ほんの一瞬の隙を突いて撮った君の写真。 苦虫を噛みつぶしたような、不貞腐れた顔をしていますよ。 それを見た瞬間、俺はやっと気持ちの整理が付きました。 ここからは君になじられるのを覚悟で、本当に自分勝手なことを書きます。 例えここまで読んでくれたとしても、捨ててしまって構いません。 俺は永瀬のことが好きです。 出逢ったあの頃からずっと。 たったこのひと言が言えずに、君を苦しめたことを謝ります。 どうか許してください。 そして、今もまだ君に大切な人がいないなら、俺がその候補に手を挙げることを許してください。 携帯番号もメールアドレスも変わっていたのでどうしようか迷いましたが、手紙を書くことに決めました。 最後まで読んでくれることを願って。 俺たち二人が初めて出逢った同じ日、同じ時間に。 桜の木が見えるあの渡り廊下で、俺は永瀬を待っています。 椎名純一 ~*~*~*~*~*~ THE END
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