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その日は、簡単な自己紹介とホームルームで解散となった。みんなが一斉に帰っていく中、君は机の上に頬杖をついたまま僕を振り向いて、
「ねぇ永瀬くん。部活は何に入るの?」
そう聞いてきた。僕は立ち上がりかけていた腰をもう一度椅子に戻して、君の方に向き直って同じように頬杖をついた。
「永瀬くんは部活なんてやらないか。成績優秀だし」
この日、僕はクラス委員を担任から任命された。この学校では、最初のクラス委員は入試の成績で任命するのが決まりらしかった。
担任から僕の名前が出たとき、君は驚きと憧憬と、そしてちょっぴり拗ねたような眼差しで僕を見つめていたっけ。
「成績優秀だってスポーツはするよ。おかしい?」
「ちぇッ! やなヤツ」
そう言って、君は席を立って僕の机に腰を下ろし、覗き込むように僕に言った。
「オレはね、サッカー部。オレ、中学の時は結構有名だったんだよ。お父さんの仕事の関係で転校が多かったから、タイミングが悪くて大きな大会には出てないけど」
「楽しみだな。椎名くんと一緒にプレーをするのが」
「え? 永瀬くんもサッカー部?」
仲間を見つけた君の瞳は、嬉しさにキラキラと輝いていた。僕だって嬉しかったよ。君と、大好きなサッカーで繋がっていることを知ったから。僕はその気持ちを隠して小さく頷いた。
「ポジションは? オレはフォワード! 永瀬くんはね、絶対にトップ下! ピッチの上で好き勝手に命令出してみんなを顎で使う司令塔!」
君の言い方があんまり自信たっぷりだったから、僕は思わず吹き出してしまった。それに、君の言ってることは半分当たっていたしね。
「何それ? 酷い言い方だな。顎でなんて使わないよ。指で的確な指示を出してあげるだけ」
今度は君が吹き出す番だった。
「ほらやっぱりー。でも楽しみだなぁ。永瀬くんのラストパスでオレがゴールするの」
「速いよ」
「え?」
「僕のパス。速いよ。椎名くんは付いてこられるかな」
僕は挑戦的に言った。【キラーパス】と呼ばれる自分のパスに、絶対的な自信を持っていたからね。
今考えると恥ずかしいくらい自信家だった。子どもだったんだね、僕たち。
「くーーーッ! ますますやなヤツ! 絶対永瀬くんのパスでゴールする! 楽しみに待ってろよ!」
君は僕の机を叩いて悔しがった。その仕草が可笑しくて、そして可愛くて……僕たちは誰も居なくなった教室で、しばらくお腹を抱えて笑い合った。
もっと笑えることに、この学校はサッカーの強豪校で部員も200人以上。1年生がやることと言えばボール拾いにグラウンド整備、それにロードワークばかり。まともにパスの練習もさせてもらえなかった。
僕のパスで君がゴールなんて、夢のまた夢の話だった。
相当な自信家だった僕たちは部活初日からギャフンと言わされ、毎日文句タラタラで練習をしていたっけ。
でもね、僕は君と一緒にボールを拾ったり走ったりするのが好きだった。君となら、どんなつらい練習にも耐えられた。
いつかきっと僕のパスで君にゴールさせたい。僕はずっとそう思っていたんだよ。
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