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「永瀬!」
「そいつを放してやれ」
温室から君と一緒に出てきた金髪ピアスの男子生徒のひと声で、僕はあっさり解放された。
「永瀬、大丈夫?」
「ああ。僕は大丈夫。椎名は? 怪我とかしてない?」
「うん。オレは全然」
僕は君の顔や手に傷がないことを確認すると、君を背中に庇って金髪ピアスに向かってひと睨みをくれた。
「おまえが永瀬か」
僕より若干背の高い金髪ピアスが、細い目をさらに細めて僕を上から下まで値踏みするように眺めた。
「悪かったな。ジュンイチには何もしてないから安心しな」
そう言って君の顎をクイッと持ち上げて至近距離で覗き込んだまま、僕へひと言付け加えた。
「こいつキケンだぜ。目を離すなよ。保護者なんだろおまえ」
不適な笑いを浮かべてそう言うと、『大変だな、おまえも』とすれ違いざま君に聞こえないほどの小さな声で呟いて、ポンと僕の肩を叩いて去って行った。
「じゃあな、ジュンイチ」
「うん。もうあんなことしちゃダメだよ」
「ああ、ここではもうしない」
「ここじゃなくても!」
君は子どもをあやすように金髪ピアスの後ろ姿に声をかける。金髪ピアスはニヤニヤと下を向きながら、ポケットに手を突っ込んで仲間を引き連れて帰って行った。
去り際の君と金髪ピアスの会話が僕の心臓をキリキリと痛ませたことなんて、君は気付かなかっただろうね。
S校の生徒が完全に居なくなってしまうと、遠巻きにしていたクラスメイトたちが一斉に君のそばに寄ってきた。君は笑顔で応えてみんなを帰した後、僕に向かって言ったね。
「ゴメン、心配かけて。助けに来てくれてありがとう」
「まったくだよ。僕のそばから離れちゃいけないって言ったでしょ? 何もなかったから良かったようなものの」
心配でイライラしている僕の顔を見て、君はクスクス笑った。
君はその時の出来事を、温室でS校の生徒がタバコを吸っているのを注意して文句を付けられただけだって僕には説明した。でも、本当は何もなかったわけじゃなかったんだ。
僕は数年後、大学の仲間と行った居酒屋で、バイトをしていたあのときの金髪ピアスに出会った。彼は僕のことを憶えていて、話しかけてきたんだ。
温室でタバコを吸っていたのを注意したのは本当だった。彼はそのあと、あの温室で君に乱暴しようとしたらしい。
自分には男を押し倒す趣味などなかったはずなのに、あのときの君への衝動は今でも不思議で仕方がないと言っていた。
「オレにそんなことしたら永瀬が黙ってないよ。きっと永瀬がおまえに仕返しする」
君のその言葉で正気に返ったと教えてくれた。キケンだと言ったのはそういう意味か。
確かに、君の悪魔的な魅力は喧嘩相手さえも虜にしてしまう。僕はその魅力に躍らされている道化だと思われていたのかもしれない。あるいは、優等生の仮面を被った裏番長とでも思われていたか。
まったく君って人は――
そんなことがあったなんて知らなかった僕は、去り際に彼が君の名前を呼び捨てにしたことに、生まれて初めて【嫉妬】という感情を噛みしめたんだ。
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