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「すっごい人だな。こんな所に本当に穴場なんてあるの?」
「まぁまぁ。もうちょっとだから文句言わないの」
賑やかな駅前から15分ほど歩くと、一転して静かな住宅街に入る。そこを更に通り抜けて坂道を下ると、いきなり遙かな水平線が見え始めてきた。熱風に混じって潮の香りも漂ってくる。
真夏の海らしく、家族連れやカップルでごった返している海岸には目もくれず、君はすたすたと歩き続けた。もう駅からはだいぶ歩いたはずだ。
「こっちこっち」
砂地から急にゴツゴツとした岩場に突き当たったかと思うと、君はそれをよじ登り始めたんだよね。
「大丈夫?」
「平気平気。永瀬も早く登って」
促されて、仕方なく僕は君の後について岩場をよじ登った。岩場の反対側に出たとき、僕は正直言って驚いたよ。
「すごい……」
「でしょ? だから言ったじゃん、気に入るって」
そこはさっきまでの景色とは全然違っていた。
誰もいない綺麗な砂地。波打ち際の澄んだ水。まるで一気に別の世界に迷い込んでしまったかと思ったほどだった。
僕と君は勢いよく岩の上から砂地に飛び降りて、そのままゴロンと横になった。熱砂はチリチリと熱かったけれど、サラサラと渇いていてとっても気持ちが良かったよね。
「はぁー。気持ちイイ」
君は砂の上を左右にゴロゴロと転がりながら、大きく伸びをしたりした。その姿はまるでうちで飼っている大型犬みたいですごく可愛かったんだ。
僕も同じようにゴロゴロしながら伸びをしていたけど、本当はちょっと複雑な気分だった。こんな場所、君はどうやって見つけたの? いったい誰と一緒にここに来たの?
でも、僕はそれを聞けなかった。僕以外の誰かと、君がここで楽しそうに遊んでいる光景を想像したくなかったんだ。
「ねぇ椎名。ここってもしかして遊泳禁止区域とかじゃないの?」
僕は辛うじてその話題を避けることに成功した。
「そうだよ。ほら……」
君が指差した方向には【遊泳禁止区域】の立て札がかかっていた。
「でも立ち入り禁止区域じゃないから安心して」
「だったら海パンもゴーグルもいらなかったじゃん」
「持ってきたの?」
言いながら君は僕のリュックを引き寄せて、中身をチェックし始めた。
「当たり前でしょ。海に来るんだから」
「海に行こうとは言ったけど、泳ぎに行こうとは言ってないよ。あ、ビニールシートまで入ってる。準備いい〜」
小さく折り畳んだシートを広げながら、君はケラケラと笑った。
「折角だから使おう。砂、熱いし」
広げたシートの上に仰向けになって、君は自分の隣のスペースをポンポンと叩いた。僕はまるで飼い主に呼ばれた犬みたいに従順に、君の隣りに寝ころんだ。
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