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ゴールテープマジック
集団の先頭で浴びる風は、格別に気持ちが良い。人の群れを抜けてくる、ぬるい風とは大違い。一番風呂のような、爽快感と、優越感がある。
「それじゃ、ラストスパートかけますか。」
強い息のかたまりをひとつ吐いて、足の筋肉、腕の振り、風の浴び、全てを最大にまで上げる。後ろでかたまっているヤツらを追いていき、みるみるうちに距離を作っていく。薄茶色のトラックを踏みつける感触と共に、俺は、止まらずに最大速度で突っ走り続けた。
あっという間に、ゴールテープが見えてくる。いつもは真面目にチョークを握っている教師たちが、今日は真剣にゴールテープを握っている。笑いそうになりながら、後ろを振り返る。
誰もいなかった。改めて、風を感じる。
「あー。気持ちイイぜー。」
声を出しながら、ほとんど目を瞑った状態で、ゴールテープを切った。
と、思っていた。
瞼をあんぐりと開くと、ゴールテープは遠くに見えていた。これはおかしい。確実に俺は走り続けていたし、テープは近づいてきていた。なのに、また、ゴールテープまでの距離が伸びている。
もう一度トラックを蹴り、テープへ近づく。
「近い。近い。近い。」
突然に迫ってくるゴール、今度こそ、俺は思い切り腹のあたりでテープを切ってやった。
「はあ?」
目の前に見えていたテープは消え失せ、また、遠くの場所に戻っていた。また伸びた。本当に意味が分からない。
背中から、人の気配を感じる。思わず振り返ると、後ろの集団がもうそこまで来ていた。まずい。
このままでは、俺の甘美なる一位が。
「おら。おら。おらあ。」
恥ずかしげもなく声を出して、全力で走り出す。迫る集団。迫るゴールテープ。今度こそ、頼むぞ。そんな風に願いながら、確実にゴールテープへ体で切り込もうとした。
その瞬間、トラックの脇に影が見えた。
「あんた。少しは待つことを覚えんかい」
そんな声に気づいた時には、俺の隣を、宮城の野郎がすでに走り抜けていた。
-ふぁさっ。
今度こそ本当に、ゴールテープが靡いた。でもそれは俺じゃなくて、宮城の体で。
俺は肩を落としながら、トラック脇にいたオカンの所へ、一目散に駆け寄った。
「オカン。魔法使った?」
「そりゃそうや。あんたの成長のためにな」
「今日だけは勘弁してよ」
「人の話も最後まで聞かん、飯食うのも我慢できん、ポコの散歩もすぐに飽きて帰ってくる。普段の積み重ねてきたあんたの責任や。反省しい」
「クソ魔法ババア!」
俺は怒りに任せて、オカンに浮遊魔法をかけてみた。オカンの体はびくともしない。代わりに、俺の血管がばくばくとうるさい。
「まだまだ未熟や。出直してきい」
オカンの指が俺を向く。そして次の瞬間、はるか上空にまで体が浮き上がった。呆けていたカラスと、ばっちりと目が合う。
「なんだよ。カラス野郎」
空中でぽそりと呟く。俺を包んでいる夏の空は、見事までの晴天だった。
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