水没都市

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水没都市

 海は静かに凪いでいた。  海にしては透き通り過ぎていた。底まで見通せて、水没街が沈んでいた。僕は飛び込んでみた。それほど冷たくはない。そして、フワフワとゆれる服が不思議な感じで面白かった。息を止めていたのに苦しくないのは死んでるからなのか、それとも、この世界の不思議なのか僕には分からないけど、でも、水の中は楽しい。  水没街は何処も明かりがなかった。地上のように無人の生活感はなくて、本当に廃墟だ。それでも、沈没船のような時間の停滞感はまるで秘密基地を見つけたようなワクワクで僕は楽しくて街に入った。  ビルの窓から入る。  そこには過去の時間が停滞していた。  沢山のスーツを着た人が働いていて、複合機のコピー音が話し声が聞こえる。電話の音、カーペットの匂い、そんなものがたくさんの停滞の中で沈殿していた。  僕は外に出た。  外だけはやっぱり無人だ。空気みたいに停滞した時間は建物の中だけなんだ。僕が歩くと電気が着く。点滅と共に光って、そこでようやく時間が流れて、海と時間の間から車が現れてびっくりしたけど、時間の車は僕をすり抜けるだけで当たりはしない。  時間は蜃気楼だ。見えるけど触れない。  何だか寂しくなって陸に上がった。  困った事に飛び込むときは気にしてなかったけど陸に上がる場所がない。そのまま夜になってしまった。  すると海が光った。ううん、空が光った。そこには浮かぶクラゲが居た。クラゲは光ってた。海のクラゲは確か寒天質というほぼ水からなる体で出来てるはず。水は体積が大きいから飛べないはずなんだけど、このクラゲの中には空気が入っていた。水素かな? ヘリウムも確か酸素より軽いはずだから浮くから、それに、水から電気分解で水素生成出来るからクラゲが空中生物になるのは確かに理屈では分かるけど、空を生息地にするなんてNHKのETの棲む星にあるジャイアントカイトくらいだ。デザインは忘れたけど、でも、そのファンタジー的発想に面白いなと思ったから、記憶にある。  クラゲの傘は風船状で、そして飛行船状に広がってた。長い触手が海面に向かってたれている。下から見ると口の辺りにピンクのヒダがある。  その飛行船クラゲの他にも普通の形のクラゲも浮いていた。  そのクラゲの触手に掴まってなんとか陸に戻れた。身体は濡れてなかった。  空には他にもクジラもいた。クジラは飛行機の高さを飛んでて、あのクジラもまた水素か何かを取り込んでるのかもしれない。  僕は知らなかったけどあのクジラは生まれたときは雲の中にいたんだって。積乱雲には12億リットルの水を蓄えてて、その中にミジンコ並みのクジラの子が居るんだよ。積乱雲の上には小さな苔があって、地上に落ちないほどの粒子の苔をクジラの子は食べるんだ。そして、大きくなると次第に落ちないようにへこんだ腹に上昇気流を取り込むんだ。だから、海のクジラみたいにお腹は太くなくてへこんでる。  ヒレが飛行機の翼になって泳ぐ、背びれには縦のヒレもあって舵取りみたいになる。この子達も空の苔を食べている。  僕はそれを図書館で知った。  その本は僕の世界には知り得ないようなものも書いてあったけど、この世界の本質までは書いてなかった。人が居ない理由を僕は知ることができない。  せめて僕が死んだのか昏睡で見てる夢なのか知りたかった。
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