1 俺の性癖

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1 俺の性癖

 ある日の昼下がり、自然光が入る部屋。何もない殺風景な空間に、スマホスタンドに置かれたスマホがある。その前には、マスクと黒の透けたボクサーパンツ一枚の男がいた。  男は膝立ちになり、両手の人差し指で忙しなく自分の乳首を弾いている。そこは元は綺麗なピンク色をしていたようだが、摩擦と興奮で赤く色付いていた。 「……っ」  男は声を押し殺す。マスクの下で歯を食いしばり、けれど時折漏れてしまう吐息は熱くて甘い。天井を仰いだ顔は紅潮し、快感に歪められている。  もう少し、もう少しで絶頂だ。男は勝手に動く腰をどうにか止めようと、力を込める。あまり動くと画面に顔が入ってしまう。声も入るからもっと抑えないと。そう考えるだけでゾクゾクが増し、腰からジワジワとせり上がってくる絶頂へのカウントダウンを、乳首を刺激しながら、今か今かと待ち構える。 「ぅ……っ」  ダメだ、また声が漏れた。そう思って男はさらに刺激を強くする。透けたボクサーパンツの中は、窮屈そうにしている雄が、男の腰の動きに合わせてヒクヒクしていた。前かがみになりそうなのを堪えて、乳首への刺激を続けると、やがて全身が小刻みに震え、意識が霞んでいく。ここまで来たらもうイける。男は快感に身を委ね、速く短い呼吸を繰り返した、その時。 「ぅぐ……っ! ううううっ!」  乳首を弄っていた腕がグッと縮まって硬直し、全身に力が入る。ガクガクと抗いがたい痙攣に息を詰めて耐えている間、男の脳は身体を突き抜けるような強い快楽に支配されていた。 「……っ、はあ……っ!」  オーガズムから抜けた男の身体は、一気に弛緩する。危うく画面に顔が入りそうになり、思い直して体勢を直すと、スマホの録画停止ボタンをタップした。  しかし、男の自慰はここで終わらない。ここまではあくまで趣味であって、ここからは自分のためにする自慰だ。  男はただの射精では満足できなくなっていた。こうして自分で乳首を責め、ドライオーガズムを得ることが男の楽しみになっている。射精より強烈で、何度も達することができる快感を知ってしまえば、こちらにハマるのも無理はない。  そう、男は乳首でオナニー、すなわちチクニーにハマった一人なのだ。  まだイケる、と男は再び胸を撫でる。今度は優しく、手のひらと指で。 「……っん」  一度達しているからか、感度は良くなっている。五本の指で乳首が転がされる度、男はヒクヒクと前かがみになり、背中を反った。  マスクが苦しい。もう録画はしていないから、取ってもいいか、と引きちぎるように取る。普段から女性の視線を集めてしまう整った容姿は、今は耳まで赤く染め、快感と苦悶の表情を行き来していた。 「う、うう……っ!」  今度は唐突に来た二度目の絶頂。赤ちゃんのように脇を締め、再び全身を震わせると、はあ、と床に突っ伏す。黒の透けたパンツの中のモノは、別の生き物のようにヒクヒクして、透明な体液を溢れさせていた。それでも、男はそこには触れず、もう一度、もう一度とおのれの乳首をいじめ続ける。  そして満足した頃に、やっと性器を慰めるのだ。  この性癖は、性に目覚めて間もなく気がついた。自分が乳首だけで絶頂することができる体質なのだと。それを知ってから付き合った女性には、そういう雰囲気になった時に伝えていたのだ。けれど、総じて彼女らの反応は一緒だった。  心底軽蔑した目で「気持ち悪い」と。そして「別れてほしい」と。  だから男は一人で慰める。色んな性癖のひとが集まる大人の動画サイトで、多少はこういう男を好むひとがいると知って、そのひとたちの為に動画を撮ってアップロードする。動画に『いいね』が付けば、自分の性癖が肯定されているようで嬉しかった。  けれど、やはりリアルでは否定されることが常で、男はバレないように、細心の注意を払って動画を撮影している。殺風景な空間を作ったのも、自分の私生活などが分からないようにしているためだ。 「……っうう……っ!」  男は射精した。休日に、こんな恥ずかしい格好で、恥ずかしい動画を撮っているなんて、絶対に知られてはいけない。  男は小さく呻きながら、散々焦らされた怒張から吐き出される体液を、手で受け止めた。受け止めきれない白濁がとろりと床に落ち、男は快感に打ち震えながら、四つん這いの姿勢で丸まり、余韻に浸る。  今日もとても悦かった。満足するまで一人でできるなら、このまま彼女も作らなくていいかもな、と。
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