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ピンク劇場
「おとな一枚」
僕のお家は
「1200円になります。」
古びた劇場。
「おう、エロガキ」
所謂、ピンク映画に特化した
「はあ…店番してるだけだよ」
大人の映画館だ。
お爺と僕のふたり家族で営んでいる。お爺。お爺と僕の関係性はかなりややこしい。お爺の妹、僕の祖母。その娘…シングルマザーだった僕の母親が僕を置いて蒸発し、祖母が引き取って五才頃まで育ててくれていたが、ぽっくりと逝ってしまい、身寄りのない僕を引き取ったのがお爺だったというわけだ。お爺は良くも悪くも、僕をひとりの人間として扱った。子供だろうがなんだろうが関係ねえ。おマンマ食うには働かなきゃなんねえんだ。お前もウチで働け。初対面時に言われた科白だ。それはもう強烈な初日だった。これだけ聞けば厳しい人間のように思えるが、そんなことはない。伝えるのはむずかしいが、不器用な優しい人間だ。
「お前さん学校はどうした」
「お爺が検査入院なんだよ。しばらく帰って来ないの」
「くたばりそうなのか」
「おたくの組長より先に逝くわけないでしょ。俺が死ぬならアイツのタマ取ってから逝く、って言うに決まってる。何十年モノの惚れた腫れただと思ってんの…この前も映写室でキスしてたし。」
舌まで入れてたのはさすがに引いたわ。
あれが実録老いらくの性、だよ。
はは、とかわいた笑いが漏れる。
「かっわいくねー小学生だなあ、相も変わらず。」
ちょっとは動揺しろよ。
不服そうな顔をしている目の前この男は、お爺の一生涯の相手である、組長の金融の元債務者だ。完済した現在は組が債務者から差し押さえ、持て余していた古書店を細々と運営している。余談だがあと数ヶ月で完済という時に、返済に訪れていた事務所で古書店の件を小耳に挟み、そういうの得意です、と自分を売り込み雇われ店長になったらしい。こんな形で好きな仕事に就けるなんて思ってもみなかった、と笑って語っていた顔は心底…可愛かった。
そう。
目の前のこの男は
「真っ赤になって恥ずかしそうにする事とかないわけ?」
僕の片想いの相手でもある。
借金返済のために、同性向けのポルノで主演男優として、華々しく活躍していた彼の、その映像で先日めでたく精通した僕は、きっと彼の言うような真っ赤な顔で動揺していたに違いない。彼が出演していた作品なら、全て網羅している。貯めていた小遣いはほぼほぼそれに消えた。DVDの入手先は組長だったりする。組長はディスクを手渡す時、決まってエロガキ、とひとの悪い顔で笑った。その言葉にはまあ、さっきのようには言い返せない。彼に関していえば…僕は、間違いなくそうであるからだ。
「まあ、なくはないけど」
僕の後ろめたいことがぜんぶ
彼にバレてしまったなら
「なんだあ?好きな女でもいんのか?」
きっと僕は
驚くほどの羞恥心に
見舞われるだろうけれど
「…教えない」
今はまだ何がなんでも
隠しておきたいから
「まあまだチンチンも使えねえ身の上じゃあなあ?」
僕のがアンタのよりうんと立派になって
大枚叩いた成果が出せるようになるまでは
「まあ、そのうち紹介するよ」
せいぜい僕を
「…やけに素直じゃねえか。熱でもあんのか?」
子供扱いしててよ。
心の中でそう彼に語りかけながら、とびきりの笑顔を向ければ、怪訝そうな顔をして、怒んなよ、とバツの悪そうな、声で彼は言った。その声色に我慢出来ず、吹き出し、僕は心底笑ったのだった。
end
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