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「絶対に、他のデザイナーにソレをしないでください」  始まりは静かだけれども、ハッキリとした拒絶の言葉からだった。発言主は白峯さん。この会社のメインWebデザイナー。26歳のミルクティー色の髪をした凛とした女性だ。  落ち着いた声色なのに怒りを隠しきれていない。 「えっ、あたし何か悪いことしましたー?」 「ですから、そのことは何度もーーもう良いです。私、今日で黒須さんの教育係、降りさせていただきますから」  季節は5月後半。  小さなオフィスに亀裂が入る。  4月に新入社員である黒須さんがやって来てから、同じデザイナーである白峯さんが教育にあたっていた。何度か口論に近いことをしているのは見たけれど、ここまで怒っているのは初めてである。 (何かあったのかな)  僕は木之下智紀。この小さな会社でディレクターをしている23歳の社員である。僕は今、毎星リゾートという全国に展開する高級リゾートの新規Webサイト制作という大型案件を任されており、その調整に四苦八苦していた。  僕は話を聞くべく席を立つ白峯さんを追いかけようとしたけれど、打ち合わせ相手に肩を叩かれて止められる。  彼は日高さん。40代の黒縁眼鏡をかけたプログラマーである。日高さんは神妙な顔をして眼鏡を上げた。 「年長者としての助言だ。女の戦いに首を突っ込んではいけない。地獄をみる」  しかし、僕はその戦いの渦に嫌でも巻き込まれることになるのだ。
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