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毒
第14話
翌朝王妃から、聖女用にと真っ新なコットンで織られたワンピースが贈られてきた。
アンには水色のワンピースで、ウエストの後ろに大きなリボンが付いていた。
システィナには薄い紫のワンピースで、1人だけロング丈。
マディは薄いオレンジシャーベット色、ジョセッタには黄緑色、ケイトには黄色、ジョセッタにはピンクのワンピースが贈られた。
「こんな綺麗なワンピースが着られるなんて」
修道院に来た時から、お古のワンピースを一着もらっただけの聖女たちは大喜びだ。
聖女たちはワンピースに着替えて、その場でくるくる回ってワンピースの裾がふんわり広がるのを楽しんでいる。
王妃の使いが帰った後で、兵士に連れられてスージーが修道院に戻ってきた。
「皆、本当にごめんなさい。あたしがバカだったんよ」
スージーは礼拝堂でひざまずいて、アンたちに謝った。
灰色の所々ほつれたワンピースを着て、奴隷用の首輪で繋がれている。
「あんた、修道院の奴隷に落とされたらしいけど大丈夫なの?」
スージーの取り巻きだったジョセッタが、皮肉たっぷりに嫌味を口にした。
「聖女ジョセッタ、今度はあたしがあんたに尽くしてやんよ」
スージーは膝を付いたままジョセッタに近寄って、足元でお辞儀をした。
「あははは。それならいいわ」
ジョセッタは、丁度いい召し使いが出来たとでも思っているようだ。
「ありがとう」
スージーはニコニコ笑って、ジョセッタに取り入っている。
他の聖女たちは、そんな2人の様子を呆れながら見ていた。
「そう言えば、これから治療はどうするの?」
システィナがアンに、何か計画があるのかと聞いてきた。
「これから治療をしてお金をもらったら修道院の運営資金になって、私たちの給与も出るんだから」
アンがニッコリ笑って答えた。
「私たちにお給料が頂けるの?信じられないわ」
システィナは信じられないと自分の頬をつねっている。
「痛い、夢を見ているようだわ」
つねった頬が赤くなっている。
「他にも聖女に、貴族が乱暴を働いたりセクハラをしたら罰せられると約束してもらったから」
「本当に?貴族を罰するなんて、お給与より信じられないじゃない」
修道院に戻ってきたマディが礼拝堂に入ってきた。
マディは信じられない話しばかりだと、驚いて声が大きくなっている。
「マディ、病院に行ったんでしょ。大丈夫なの?」
アンを含む聖女たちが、マディに駆け寄った。
「聖女マディ、お帰んなさい。これから聖女たちを支えるんで、よろしく頼むんよ」
スージーはマディを塔に閉じ込めたことをまるで忘れているようだ。
「ええ、よろしく」
マディまで、何事もなかったように装って挨拶を交わした。
「そろそろお昼だから、修道士の食事はあたしが運ぶんよ」
スージーが仕事を買って出たが、ガストンに会いたいのだろう。
「ええ、頼むわ。台所でモアの手伝いをしてきてちょうだい」
アンがスージーに、召し使いとして指示を出す。
「ええ、行ってくるんよ」
スージーはアンも受け入れてくれたのだと、張り切って台所に向かった。
「アン、大丈夫なの?」
システィナは、スージーを簡単に信用していいのか心配している。
「ふふふんっ。きっとガストンと、悪巧みでもする気なんじゃない」
アンは、システィナにだけ聞こえる小さな声で囁いた。
「┅┅」
システィナは黙ってうなずいた。何故ならアンには何か考えがあると思ったので。
「さあ、食堂に行こう」
アンが声をかけると、皆が声をかけあって食堂に向かった。
「わあ、今日もスープが付いてる」
昨日に引き続き、昼食(リュシオン王国では基本1日2食である)にまでスープが出てきた。
「じゃあ、塔に食事を運んでくるんよ」
スージーが、台所から顔を出した。
「5人分一度になんて運べないから、兵士の人に頼んで運ぶんだよ」
炊事係のモアが、既に召し使いとしてスージーを使い始めている。
「は~い」
スージーは不満を見せずに、ニコニコとテーブルの上に5人分の食事をセットしてから、兵士に頼みに行く。
スージーと兵士が塔へ食事を運びに行ったところで、兵士隊長のロンドがやってきた。
「聖女スージーは、そこまで悪どい娘には見えませんね」
「ええ、私たちもそう思っているわ。スージーが心を入れ替えたら聖女として迎え入れたいです」
アンは、似つかわしくない慈愛に満ちた聖女の笑顔をロンドに見せた。
(罪を犯して奴隷落ちしたスージーを悪どくないなんて男は皆、バカね。ほんとムカつく)
他の聖女たちは、ロンドがアンの怒りポイントに触れたのだと悟った。
聖女たちが食事を終えた頃、騒ぎが起きた。
「大変です。奴隷たちが食事中に苦しみ出して息を引き取りました」
食事を運んだ兵士が、塔から急いで戻ってきた。
「全員か?」
「はい、全員の死亡を確認致しました」
「女の奴隷はどうした」
「1人の奴隷の世話をしていたようなのですが、今もその奴隷にしがみついて離れません」
「恋人のガストンなんじゃないかな」
後ろに控えていたマディが答えた。
「ああ、そう言えば恋人が出来て力を失ったのに大聖女になったとか言ってたな」
隊長ロンドが、ボソリと呟いた。
「誰が殺したんよ」
そこへスージーが礼拝堂に入ってくるなり、わめき散らした。
「私たちは昨日の夕方、修道士たちに会ったきりよ」
システィナが、変なことを言うなとスージーをたしなめた。
「でも食事を食べて全員死ぬなんて、毒を盛ったとしか思えんよ」
スージーは、聖女たちは味方をしてくれないと見て、隊長ロンドにしがみついた。
「ゴホン、確かに毒の可能性はあるな」
ロンドは咳払いをして、毒の可能性に同意した。
「あの、もしかしたら┅┅」
炊事係のモアが台所から、小瓶を持って出てきた。
「それは何だ?」
ロンドが、モアの前に進み出た。
「実は昨日、ガストンさんが聖女たちの食事に入れるようにと持ってきたんです」
「何?」
「疲れて帰ってきた聖女たちを労る為って言ってました」
「それを聖女たちの食事に入れたのか?」
ロンドは、話しを聞いている内に、厳しい口調に変わった。
「いいえ、まずは聖女たちに希望を聞きました」
モアが、聖女たちを見た。
「私が答えるわ。疲れを取る為の薬なら、修道士たちの食事に入れるようにお願いしたの」
アンは淡々と答えた。
「何故、そんなことを?」
「何故って、どう言う意味よ?」
「うっ」
ロンドは言葉をつまらせた。
確かに怪しい瓶ではあるが、用意したのはガストンだ。
修道士たちから虐げられてきた聖女が、修道士の用意した薬を拒むのは容易に想像出来る。
「これは修道士の自業自得。いや、むしろ奴隷が聖女を殺そうとしたんだな」
ロンドはやっと、アンたちには責任がないと結論付けだ。
「そんな、アンは瓶の中味が毒だと分かっていたんよ」
「口にもしていない毒をどうやって知ることが出来るんですか」
さすがに兵士隊長であるロンドは、スージー相手でも怯まなかった。
「それは修道士も奴隷にされて、聖女たちを恨んでいたから」
「そうなんですか?」
ロンドはスージーに冷たい視線を向ける。
「私はてっきり簡単に毒だとバレる程、聖女たちを虐めていたからと、あなたが自白でもするのかと思いましたよ」
ロンドはスージーと修道士が、聖女たちをどれ程虐げてきたんだと言っているのだ。
「グウウッ」
スージーは、これ以上言える言葉が見付からない。
最初から毒を用意していたかどうかなんて、本人にしか分からない。
それに得たいの知れない小瓶に入った物等、飲みたいと思う人間がいるはずがない。
それでもとスージーは思ってしまう。
(アンたちがおとなしく毒を食らっていれば、ガストンが死ぬことはなかったんよ)
スージーの中に新たな殺意が芽生えた瞬間だった。
「ごめんなさい。小瓶に何が入ってるかなんて、本人にしか分からんよね」
スージーは顔を引きつらせながら、アンたちに頭を下げる。
「ガストンが亡くなって、辛かったんだね」
ジョセッタがスージーの背中に手を置いた。
「1人が辛かったら、今日だけ私の部屋で寝る?」
ジョセッタは、召し使いとなったスージーを憐れむ自分を気に入ったようだ。
「出来たら、いつも同室だったアンと寝てもかまわん?」
「ふふふん。勿論、かまわないわ」
アンは即答した。
「では、元修道士たちを運び出して、祈りを捧げ埋葬しましょう」
後ろで控えていた元司祭が、口を開いた。
これから起こる惨劇を止められるとしたら、誰だろうか?
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