殺意

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殺意

第15話  元修道士たちを無事に埋葬して、聖女たちはひと息つき、礼拝堂の中に入っていく。 「疲れたから、先に寝かせてもらうね」 アンは、アクビをしながら部屋に向かう。 「ゆっくり休んで」 「おやすみ」 他の聖女から、アンの後ろ姿に声がかかる。 自室に入ると、すでにスージーが隣のベッドにもぐり寝ていた。 普通なら奴隷となったスージーは聖女と同じ部屋で寝たり、ベッドを使うことは許されていない。 だが、恋人であるガストンが亡くなったこともあり、今日だけは特別に許された。 「私も、疲れたから今日は休むね」 アンはスージーに声をかけて、自分のベッドに潜り込んむ。 「スースー」 数時間が経ち、ベッドからは、アンの規則正しい寝息が聞こえている。 真夜中にスージーは目を覚ます。 いや違う。実際には、眠ったフリをしていた。 右手が布団をはがしてベッドから立ち上がると、台所から持ち出した包丁を握りしめる。 スージーは、アンの寝ているベッドの脇に立ち、アンの寝顔を見下ろしている。 「あんたが大聖女のフリをして王妃を治療していれば、こんなことにはならなかったんよ」 悲痛な叫び声と共に、スージーが、アンの頭上で包丁を振りかざした。  ドカン アンに包丁を振り下ろそうとした瞬間、部屋のドアから大きな音がする。 「止めろ」 「包丁を下に置け」 部屋のドアを蹴り飛ばして、隊長のロンドが兵士と共に入ってきた。 「離せ、この女だけは、道連れにしてやんよ」 兵士に拘束されながらも、スージーは暴れてアンを殺すとわめいている。 スージーが部屋の外に連れ出されて、いなくなってから、アンが起き上がってきた。 そして部屋の外で隠れていた他の聖女たちも、部屋に顔を出した。 「やっぱり今夜だったわね」 コクリ アンの言葉に、ロンドがうなずく。  昼間、スージーがアンと一緒に寝たいと言った時から、怪しいと踏んでいたのだ。 その瞬間、アンがロンドを見ると、目をキラリと光らせてアンにうなずいて見せた。 ただの女好きかと思っていたが、隊長にまでなるだけあってするどいわね。 そこからはスージーの目を盗んで、皆に作戦を伝えていく。 アンが囮になるから、寝ずに部屋を見張るように相談した。 マディとシスティナは、アンに危険が及ぶと反対したけれど、スージーをそのままにしておく方が危険だと説得した。 「とにかく解決して良かった」 ロンドは、アンに怪我でも負わせたら降格になるとヒヤヒヤしていたので、ホッとひと息付く。 ◇◆◇  アンを殺そうとしたスージーは、奴隷による殺人未遂で捕まった。 処刑されてもおかしくなかったが、アンたち聖女の働きかけで死刑だけは免れた。 大聖女までなったスージーにとって最大の屈辱である、娼館の奴隷として一生外の世界を拝めない罰が下された。 「娼館の奴隷になる位なら死んでやんよ。殺せ」 罰を下された時にスージーは、死なせてくれと泣き叫んでいた。 彼女は娼館に着いて直ぐに、黒髪を振り乱して逃げ出そうとしたらしい。 娼館奴隷が逃げて連れ戻された場合には、足の腱を切られて一生足を引きずって歩くこととなる。 ◇◆◇  王妃の2回目の治療に向かう前日、ユリスがアンに会いにきた。 「お転婆さん、久しぶり」 裏庭に出ているアンを、東屋の2階から見付けて会いにきた。 実は東屋(あずまや)の2階から修道院の裏庭をいつも眺めては、アンが姿を現さないか期待してしまうユリス。 「何の用かしら?」   アンはユリスに、冷たい視線を向けている。 「どうしたんだい。僕に何か怒ってる?」 ユリスは前に会った時に想いが通じたと思っていたのに、今日のアンは何故か冷たい。 「私の機嫌なんて、あなたに関係ないでしょ」 ユリスの知るお転婆さんには似合わない、突き放すような口調。 アンは王妃の寝室のサイドテーブルに、ユリスが写った写真を見たのだ。 「アン、一緒に来て」 ユリスが突然、アンの手を握って走り出す。 「ちょっとユリス、引っ張らないで」 足を止めたいのにユリスが走る勢いに負けて、アンはいつの間にかユリスの呼吸に合わせて走っていた。 「はあ、はあ。私、修道院の外に出たらいけないのに」 アンが思い出したように呟く。 「何故いけないの?」 ユリスが立ち止まってアンに聞いた。 「それは修道士たちに、修道院から出たらいけないって言われているから」 「その修道士って、どこにいるの?」 ユリスはアンの大きな瞳を覗き込むように、腰を屈めた。 「あ、もうガストンたちはいないのね」 アンは今さらのように、修道士たちがいないことを思い出す。 「そう、君を修道院に縛り付ける奴はいないんだ」 「それで、どこに行くの?」 大きな瞳が、気を取り直したようにユリスの顔を見つめる。 銀髪の髪と瞳、上品な顔立ちや雰囲気は王子だったからなのかと改めて思う。 「街は歩いていける距離だよ。ほら、もう街の入口だ」 確かにアンが思っていたよりも、街の入口は近かった。 修道院の高い壁が、アンの足ではたどり着くのが困難な距離だと錯覚させていたのか。 ユリスと街を歩いていると、すれ違う人がジロジロ見てくる。 最初は貴族であるユリスを見ているのかと思ったけれど、人々の視線はアンに向けられているようだ。 人々に視線を向けられて、自分の姿を改めて見直した。 以前の汚ならしいワンピースは着ていない。 今は王妃からもらった水色の真っ新なワンピースを着ている。 「くすっ。服じゃないよ。皆、君の髪を見てるみたいだけど」 ユリスがアンに悪戯っぽくウインクした。 「昨日、髪を洗わなかったから?」 ツインテールの髪が臭いのだろうかと、まとめ髪の片方を鼻に持ってきた。 クンクン 「別に臭くはないと思うけど?」 「ぷ、あははは。君って子は本当に、あはははっ」 笑いすぎてお腹が痛いとユリスは腹を折り曲げて笑っている。 「えい」 アンは1人訳知り顔で笑うユリスの足を蹴り飛ばした。 「痛いよ。アン、酷いな」 「ふん」 アンは腰に手を置いて、横を向いて鼻を鳴らしている。 王子であるユリスの足を蹴って、こんな態度を取るのはアンくらいな物だろう。 「僕が悪かった。皆、君の素敵なツインテールを見てるんだよ」 「髪型ってこと?ツインテールなんて、他にもいるでしょ」 「こんなにボリュームのある見事な金髪の美少女はいないんじゃないかな?」 「っ」 ユリスの美少女と言う言葉だけを拾って、アンの顔は真っ赤になった。 「アン、アン?、アンっ」 ユリスがいくら呼んでも自分の世界に入ってしまったのか、アンは頬を両手で覆って固まっている。 「キスしちゃうよ」 そう言ってユリスは、頬を覆っているアンの手にキスをした。 「きゃあ」 キスよりも、いつの間にかユリスの顔が目の前にあったことに驚いて悲鳴を上げてしまった。 「何だ?何かあったのか」 アンの悲鳴に何かあったのかと、街の人が騒ぎ始めた。 「アン、また走るよ」 ユリスはアンの手を取って走り始めた。 「あはは、今日は走ってばかりね」 アンはユリスが慌ててドタバタするのに、いつの間にか笑っていた。 「お転婆さん、君には笑顔が一番似合うよ」 ユリスは前を向いたままでポツリと呟いた。 「えっ、何て言ったの?」 ユリスの言葉は、アンの耳には届かなかったようだ。  大きなガラスのショーウィンドウの店の前で、ユリスが立ち止まった。 「さあ、着いた。アン、ここだよ」 ユリスはアンの手を握ったまま、店の中に入っていく。 「ここは何の店なの?」 自分で買い物をさせてもらうこともなかったアンは、ドキドキしながら店内に足を踏み入れる。 「女の子が好きそうな物が置いてあるから、自分で見てごらん」 店内には沢山のカラフルな雑貨や婦人服が並べられている。 一角には派手なドレスも飾ってあったが、基本的には普段着の服を売る店のようだ。 「いらっしゃいませ。何かお探しの物がございますか?」 店の店員が声をかけてきた。 どう見ても男性だが、言葉遣いや体をシナらせる動きは女性みたいだとアンは思う。 「この子に似合う服を見繕ってくれ」 「え?」 「まあ、可愛らしいお嬢様ですわね」 「私」 貴族の治療を行う以外で、大人と話す機会がないアンは戸惑ってしまう。 「緊張しなくて大丈夫ですよ。お嬢様にお似合いの服を探してきますね」 店員はお尻を振りながら、店内を物色し始めた。 しばらくすると店員が、服を持って戻ってきた。 「いくつか探してきましたので、試着してみて下さい」 「あ、あ、はい」 アンは半ば強引にフィッティングルームに放り込まれた。 「いかがですか?」 フィッティングルームの外から、店員が声をかけてきた。 「着られました」 どうしてアンの服のサイズが分かったのか、少し余裕があって動きやすくてピッタリだ。 シャー フィッティングルームのカーテンが開けられて、服を着替えたアンが出てくる。 「わあ、凄く可愛いね」 白地に紺のセーラーに紺のリボンが、今までにないアンの可愛さを引き立てている。 「あ、ありがとう。でも私、服を買うお金なんて持ってないのよ」 今までに給与をもらったことのないアンは無一文だった。 「僕が誘ったんだから、僕の顔を立ててプレゼントさせてよ」 ユリスは、押し付けがましくないスマートな言葉を選んだ。 「こんな素敵な服、買ってもらっていいの?」 アンは恥ずかしそうにワンピースの裾を両手で広げてみた。 「勿論だよ」 アンが大好きな綺麗な顔で、嬉しそうに笑いかけてくる。 けれどアンは、この時すでにユリスと会うのは、これで最後にしようと決めていた。
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