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2人の想い
第16話
次にユリスは、すれ違う人々がアンをジロジロ見る原因を解決しようと思った。
「髪型も変えて欲しいんだけど、出来る人いますか?」
ユリスが店員に相談した。
「女の子の髪なら私に任せて下さいな。毎朝、自分の髪をアレンジしてますから」
服を選んでくれた男性のような女性(逆かもしれない)が、引き受けてくれた。
彼(彼女)は、頭の天辺に髪の毛を渦巻きのように巻いている。
上手だけどアンの髪の量では玉葱になってしまわないか心配だ。
「左右に、編み込んでいきましょう」
彼(彼女)は魔法のような指先で、あっという間にアンの髪を編み込んでいく。
アンの予想では巨大な頭になると思っていたのだが髪が内側に編み込まれていて、むしろ小さく見える。
「皆、君のツインテールを見て、聖女だと噂してたんだよ」
「ツインテールが?」
ユリスの話しがピンとこなかった。
パレードの時も顔を出していたのはスージーだけで、他の聖女たちは、顔にベールを被っていた。
「王妃を治療したのが、金髪のツインテールだって王国中の噂なんだよ」
「え~」
だから、あんなにアンのことを見ていたのか。
「まあ、王妃を治療したツインテールが、こんなに可愛い子なのかと驚いたんじゃないかな」
ユリスの言葉に、アンはまた顔を赤らめた。
「本当に可愛らしいわ。私の若い頃にソックリよ」
店員はニコニコ笑っている。
冗談だろうか?笑った方がいいのか?
ユリスとアンは顔を見合わせてうなずき合った。
「あはははっ、ありがとうございます」
「あははは、おいくらですか?」
ユリスは料金を払って、早く店を出ようと決めた。
「1万ゼニスよ」
「い、1万」
アンはそんな大金を見た事もないし、いつも食べているパンが1個30ゼニスだからいくつ買えるのかと目を回した。
「ユリス、私そんな高価な服」
ユリスの厚意だと分かっているから断りたくないが、あまりに高すぎる。
「そんなに安いの?こんなに可愛くてアンに似合っているのに?だったら他の服もついでに」
安いから他の服もついでに買おうと言い出す。
「待って、この服が気に入りました。この服を買ってください」
アンは急いで支払いを済ませてもらって、店を出ようと決めた。
こんな高い服を何着も買われたら、具合いが悪くなりそうだ。
「さあ、行こう」
いつの間にか支払いを済ませたユリスは、アンが着ていた服を紙袋に入れてもらっていた。
「ユリス、本当にありがとう。一生、大切に着るね」
アンは、ニッコリ笑ってお礼を言った。
「どういたしまして」
一生は止めた方がいいと思う。と突っ込みたかったが、ユリスは口に出さなかった。
「さあ、これで注目を浴びないから街を散策しよう」
ユリスが、またアンの手を握って歩き始める。
髪型を変えただけなのに、街行く人は誰もアンが王妃を治療した聖女だと気が付いていないようだ。
「あれは、なあに?」
長い串に、ピラピラの食べ物が巻き付いている。
ピラピラした食べ物の間には肉も刺し込まれていて、美味しそうだ。
「あれはポテトを長く一枚になるように切って、串に刺してあるんだよ。2つ下さい」
ユリスは食べるかと質問する前に、アンの分も注文してくれた。
「はいよ」
屋台のおじさんが、ポテトと肉の長い串をユリスとアンに手渡した。
「ユリス、ありがとう」
アンは早速、ポテトを口に頬張った。
細く切られているから、思ったよりも量は多くない。
味付けがしっかりしていて美味しい。
「私、ポテトを食べたの初めてだと思う」
修道院ではパンとチーズ一欠片が定番のメニューで、ポテトなんて出たことがなかった。
最初は家で作ってもらった食べ物のことを懐かしく思い出していた。
でもアンは売られてきて両親は迎えに来ないと分かってからは、母の手料理を思い出したくもなかった。
そう思っていたら、本当に実家のことを思い出せなくなっていた。
「実は僕も、この串を好きな子と食べるのが夢だったんだ」
「え?」
ユリスの夢が、そんなささやかな物だったなんて思いもしなかった。
「他にもあるけどね」
(何だ、いくつもあるのね)
アンは本気にするところだったとため息をつく。
「次の夢に付き合ってくれる?」
「え」
ユリスは食べ終わった2人の串を屋台に返すと、アンの手を握って歩き始める。
「今度はどこに行くの?」
ユリスはきっと教えてくれないだろうと思ったが、口に出していた。
「あそこだよ」
それは長い階段を上った先にあるようだ。
「はあ、はあ」
一体何段あるのか、この階段を上った先に何があるのかアンは街に住みながら何も知らなかった。
「ふぅ、疲れたね。大丈夫?」
ユリスは汗を手で拭っている。
「はあ、はあ。こんなに長い階段は初めて」
アンは両手を膝において、息を整えている。
「これから、どこに向かうの?」
「ここが目的地だよ」
「え?この階段が?」
「ああ、ここから街を見渡す景色を君と見て見たかった」
アンがユリスを見上げて、そのままユリスの視線を追う。
ユリスの視線の先には、おもちゃの家のようにたくさんの家並みや城壁、大きな川が見回せた。
王国の街並みは統一されているのか、朱色がかった赤い屋根が並んでいる。
綺麗だと思った。空が高くて、トンビが大空を舞っている。
今日だけは、ユリスと楽しい時を過ごして思い出を作ろうと思った。
王国の王子とどうにかなろうなんて、そもそも思っていない。
ただ、ユリスがアンを騙していたことが少し悲しかった。
でもきっと、言えない事情があったのだろう。
楽しんだ後は、今日で全て忘れるんだ。
「まるでおもちゃの家が並んでいるみたいだけど、一つ一つの家に家族が暮らしてるんだ」
ユリスが、アンの思いを打ち破るように話し始めた。
「┅┅」
アンの家は城壁の外にある小さな村だけど、リュシオン王国に属していると思い出す。
「君と家族になりたいんだ」
「え?」
思いもよらない言葉に耳を疑った。
ユリスの言葉はアンが思っているのとは、違う意味なのではないのか。
ユリスはリュシオン王国の王子。
いくらアンが聖女でも王子との結婚なんて、許されるはずがない。
「冗談でしょ?冗談でそんなことを言わないで」
アンは階段を駆け下りようとして、ユリスに腕を引き戻されて抱き締められる。
「僕がそんな冗談を言う人間に見える?僕が愛しているのは君だけだ、アン」
ユリスはアンを抱きすくめてキスをした。
ユリスは背が高すぎて、アンはつま先立ちでユリスのキスを受けとめる。
「んんっ、ぷは」
長いキスの間中、息を止めていたアンはユリスを突き離して息を吐き出した。
「苦しいじゃない」
「ぶ、君って本当に┅┅あはははは。将来歳を取ってから僕たちのファーストキスを思い出す時、ぷくくく」
ユリスは、またお腹が痛いと笑いを堪えている。
「ユリス、いつまで笑ってるの。怒るわよ」
「ごめん、ごめん。君が楽しすぎて。ううん、可愛すぎて」
大きな手が、小さな頭の上に乗せられて、愛おしそうに見つめてくる。
「でも、あなた王子様なんでしょ?」
アンは、とうとう言ってしまった。
知らないフリをすれば、会い続けることは出来たかもしれない。
「知ってしまったのか。君に伝えないといけないと思っていたけど、君に逃げられるのが恐かったんだ」
(逃げられるのが恐くて、王子様だと言えなかったってこと?)
アンは、ユリスの言っている言葉を頭の中で反芻した。
そうだ私はユリスが王子様だと知って、さっきまで逃げ出そうとしていた。
ユリスは私が逃げ出すのを知っていたのね。
「ごめんなさい」
謝るのは王子である事を隠していたユリスだと思っていたけれど、本当は違った。
本当に謝らなければいけないのは、逃げることしか考えていなかったアンの方だった。
「謝らないでくれ。僕が王族でなければ、君を悩ませることもなかったのに」
力強い腕が、アンを抱き締める。
「あなたは私でいいの?私は何の教養もないし、礼儀作法も知らないのよ」
「君がいいんだ。ううん、どんな君でもいいんだ」
「私も。ユリスが王族でも庶民でも、奴隷だって構わないわ」
アンはユリスの首に手を回して、つま先立ちして自分からキスをした。
「んん」
ユリスはアンからのキスをより深いキスで返していく。
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