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街での出来事
第17話
愛を確かめ合った2人は、手をつないで街中を歩いていた。
アンを送り届ける為に修道院へ向かって歩いていたが、2人ともこの道がずっと続けばいいのにと思っている。
そこへ子供たちが家に帰るのか、急いで走っている姿に遭遇した。
「あ」
駆けている子供の1人が、アンとユリスの前で転んでしまう。
「あ~ん、痛いよ」
濃いブラウンの髪の男の子が、膝を抱えて泣き始める。
「見せてみて」
アンは躊躇せずに男の子に駆け寄ると、膝の怪我を確認する。
「男の子なんだから泣かないの。ただのかすり傷よ」
小さな手が、聖女の力をためて光を集めると、少年の膝に当てて傷を治していく。
「あれ?痛くない。お姉ちゃん、ありがとう」
少年はもう痛くないと立ち上がった。
「おお、聖女様が子供の怪我を治してくださったぞ」
「まさか庶民の怪我を治してくださるとは」
「聖女様、ありがとうございます」
いつの間にか出来ていた人だかりに、アンはビックリした。
いや、違う。
治療は貴族にしか、やったことがなかった。
そして貴族からは、もらってもいないお金を払ってやってると威張り散らされた。
それが子供のかすり傷を治しただけで喜んでもらえることに、ビックリしたのだ。
修道院の皆に知らせたい。
そしてこれからのことをもっと相談しよう。
アンは立ち上がって少年の頭を撫でてから、ユリスの元に戻った。
「何か閃いたって顔だね」
「うん、帰って皆に相談してみるわ」
「分かった。でも僕のことも忘れないでくれよ」
「うん」
アンはニッコリ笑って答えた。
ユリスを見つめながら、これから忙しくなるわ。と頭の中では先のことを考えている。
◇◆◇
修道院に戻ったアンは、街であったことを聖女たちに話して聞かせた。
勿論ユリスとのことではなくて、膝を怪我した子供を治療した時の話しを┅┅。
「私が少年の怪我を治したら、街の人たちが凄く喜んでくれたの」
「そりゃあ、怪我を無料で治してもらえたら喜ぶんじゃない?」
ジョセッタは、無料なら喜ばれて当然だと分析。
「でもあいつら(貴族たち)はお金を払っているからって、威張り散らしてたじゃない」
マディは、貴族に対する憎しみを忘れてはいない。
「聖女が感謝されて、お金ももらえる方法はないかしら」
アンはずっと考えてきた両立が難しいと思える難題を口にする。
「ちょっと、お金をもらって感謝されるなんて本気なの?お金を支払った相手に感謝なんてする?」
ジョセッタはアンの考えに目を丸くして、頭から否定した。
「お金を支払った相手からは難しくても、かすり傷等の小さな傷を無料で治すとかは?」
アンが、頭の中で考えてきたことを相談してみる。
「なるほど」
システィナが何か閃いたようだ。
「何が、なるほどなのよ?」
ジョセッタにはよく分からない。
「小さな傷や軽い風邪でも、治療院に行くでしょう」
「まあね」
「でも人は小さな怪我や風邪だけじゃなくて、大怪我や病気にもかかるわ」
「どう言うこと?」
システィナの馬鹿丁寧な説明は回りくどくて、ジョセッタには余計に伝わらなかった。
「つまり小さな怪我や風邪は無料で治してあげて、それ以上の怪我や病気は有料にするのよ」
アンは、システィナの説明をシンプルにまとめた。
「ああ、普段は小さな怪我や風邪を無料で治してくれるから、いつも感謝してしまう訳ね」
不満気だったジョセッタも、アンの説明を聞いて納得したようだ。
「そうよ。もしも有料だとしても、信頼する人間に治してもらいたいと思うはずだわ」
アンが話しをまとめると、黙って聞いていた聖女たちも納得してうなずいている。
「それでやってみましょう」
最後はシスティナがまとめてくれた。
◇◆◇
アンたちは、平民の診療を始めたことを修道院の入口に貼り出した。
診療に来た貴族やお祈りにやってきた平民によって、聖女たちの噂は王国中に広まっていく。
「あの、こちらで治療してもらえるんですか?」
オドオドと修道院の中に入ってきた、作業着を着た男が患者1号だった。
「かすり傷や風邪以外は、有料になります」
聖女の力を失ったマディが、受付を担当。
「一週間前から腹が痛くて、仕事にも身が入らなくて」
「中級の聖女の力で治れば3000ゼニス、治らなければ上級聖女が治療致します」
診療の前に料金を説明することで、患者の不安を和らげる作戦である。
「その上級聖女だと、おいくらなんで?」
男は不安そうに金額を尋ねた。
「治れば5000ゼニス、治らなければお代は結構です」
「治らなければ無料なんですか?」
「ええ。ただし治ったかどうかは分かるので、治ってないと嘘を言うのはオススメしません」
聖女の力で患者かどうかが分かるので、治ったかどうかも一目瞭然だった。
「ははっ、いてて。嘘なんて付かないので、診て下さい」
男はお腹を押さえて、急いでくれと頼んだ。
「衝立(ついた)てで囲まれた奥の、Aと書かれた部屋にお進み下さい」
今までは衝立てもなく床に座って治療を行ってきた。
けれどアンの意見で患者のプライバシーを守る為にも、診察室をA~Cまで割り当てて3部屋を作った。
衝立ての奥には聖女と患者が座れるように、椅子が用意されている。
これもアンの前世の記憶にある病院の診察室を参考にしたアイデアだ。
簡単な治療は、中級聖女と名付けたイネス、ケイト、ジョセッタが担当する。
アンとシスティナは、中級聖女で治せなかった場合のみ治療する。
修道院での治療は直ぐに話題となり連日患者が押し寄せたが、聖女たちは診る患者の人数に制限を設けることにした。
◇◆◇
アンたちが貴族だけではなくて平民の治療にも慣れてきた頃、聖女たちの親が押しかけ始めた。
「アン、母さんが会いに来たよ」
アンの母親が、修道院の入口で叫んでいる。
「母さん?」
患者の治療をしていたアンが、衝立ての隙間から顔を出す。
「どうして、ここにいるの?」
もう会うこともないと思っていた母親を目の前にして、アンは狼狽えている。
「あんたを迎えに来たんだよ。家に帰ろう」
「私を忘れずにいてくれたの?」
母親のアンヌは、娘のアンに駆け寄って抱き締めた。
「可愛いアン、少し背が伸びたんじゃないかい」
母アンヌは、アンの背中に手を回して何度も上下に撫でた。
「そう?母さんが言うなら、きっとそうね」
「アン、表に馬車を用意してあるから家に帰るんだよ」
「そんな患者さんが、来るかもしれないのに」
アンは母アンヌの言葉に、どうすればいいか分からず悩んでいる。
「私がいるから、患者さんの治療は任せなさい」
上級聖女の治療が行えるシスティナが、迷っているアンの背中を押してくれた。
「ありがとう┅┅母さん、部屋の荷物をまとめるの手伝ってくれる?」
「ああ、帰る気になったかい。じゃあ急いで、荷物をまとめちまおう」
母は、アンの部屋はどこかと急かして、修道院の奥へズンズン入っていく。
「ここが私の部屋よ」
部屋に案内すると、アンヌは部屋を見渡した。
「ずいぶん狭くて、粗末な部屋だね」
部屋に豪華な飾りでもあると思っていたのか、ブツブツ文句を言いながら荷物をカバンに詰めていく。
荷物と言っても、下着数枚とブラシにヘアゴムとタオル位しか持っていない。
◇◆◇
1人目の患者の治療を終えて、聖女たちはアンの見送りに出てきた。
「アン、元気でね」
「皆も患者さんの治療、頑張ってね。また会いにくるから」
「王宮兵士のジョフロワです。ご自宅まで警護させて頂きます」
修道院の警備をしてくれている兵士の1人が、別の馬車で付いてきてくれることになった。
「よろしいんですか?」
アンは恐縮してしまった。
「陛下から、仰せつかっておりますので」
「警護してくれるって言うんだから、いいじゃないか」
アンヌは、警護でも何でも勝手にすればいいと言わんばかりだ。
ジョフロワに警備を頼んで、馬車に乗り込み家に向かうこととなった。
城壁を出て隣村までは馬車で1時間程かかるが、盗賊に出くわさずに済んだ。
村に入ると、アンが村を出た頃よりも人が多く出歩いて活気があった。
「さあ、着いたよ」
母のアンヌが先に馬車から下りて、アンが下りるのを待っている。
「こんなに近かったんだ」
アンの感覚だと馬車で数時間は乗った記憶だったのだが、思ったよりも王都から近かった。
「┅┅」
アンの中で両親の住む家は、子供を育てられなくなる程貧しいあばら家だったはず。
しかし到着して見た家に、アンは言葉を失った。
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