聖女の両親

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聖女の両親

第18話  目の前には、アンの知っているみすぼらしい平屋の家は消えていた。 村の中でも1、2を争う程の二階建ての豪華な屋敷が建てられている。 アンは母の後について家の中に入っていく。 「おお、俺の娘よ。帰ったのか」 扉を開けると玄関の奥にリビングがあり、父親のクレマンが出迎えた。 「父さん、ただいま」 アンは父親に挨拶しながら、部屋の中を見渡す。 村には似つかわしくないシルクのカーテンに、凝ったデサインのランプは花の形を模しているのだろう。 高価なインテリアや家具を見ただけでも、アンを売ったお金で両親がどんな暮らしをしてきたかがうかがえる。 「お前の部屋を上に用意したから、荷物を持っていけ」 クレマンは久しぶりに会った娘との対面にも話すことがないようだ。 「はい」 「ついといで」 母アンヌの後に付いて二階に上がる。 「この棒で天井の扉を開けて、ハシゴをかけて上がるんだよ」 どうやら豪華な家に用意されたアンの部屋は、屋根裏部屋だったらしい。 足元に気を付けながら、ハシゴを使って屋根裏に上っていく。 「┅┅」 今まで使っていなかったのが一目で分かる程、ホコリがたまっていた。 調度品もなく辛うじて、ベッドだけは置いてある。 荷物を置いて、二階に下りると母親のアンヌが待っていた。 「あんたを売ったこと、後悔してるんだよ。許しておくれ」 アンヌは、目頭を指で押さえて自分の辛い気持ちを表現しているが涙は出ていない。 「恨んでなんかいないわ。家が貧しくて私を育てられなかったんでしょ」 アンは今までの気持ちを打ち明けた。 「そうなんだよ。生活が厳しくて、あんたを売るしかなかったんだ」 アンの言葉で全てが許されると思ったのか、アンヌが安心した。 「でも私が見たところ、生活が苦しいようには見えないのよね」 ところがアンの声も視線も、ガラリと冷たく冷えきっていく。 「それは┅┅あんたのお陰で、今の生活が出来ているんだよ」 アンの思わぬ言葉に、アンヌが慌て出す。 「そうなの。それで父さんと母さんは、今はどんな仕事をしているの?」 「いや、仕事は止めてしまったんだよ」 「ああ、お金が手に入ったから、働かずに遊んで暮らしているの」 「お金があるんだ。働かなくてもいいじゃないか」 アンヌは突然、声を荒らげて開き直った。 「娘を売ったお金を元手に店でも始めて、お金を貯めたら娘を買い戻そうって気はなかったの?」 アンは感情的になり、声が大きくなってしまう。 「少し見ない間に生意気な口を聞くように、なったじゃねえか」 階下でアンとアンヌの話しが聞こえていたのか、クレマンが二階に上がってきた。 「生意気ですって?」 「何だ、その口の聞き方は」 バシンッ クレマンが、アンの頭を手のひらで叩いた。 アンは叫びもせずに、キッとクレマンを睨み返す。 「気に食わないと暴力を振るう。変わってないわね」 「父さんに向かって、なんて口を聞くんだい」 母のアンヌはアンが子供の頃から、クレマンに殴られるアンをかばってくれなかった。 「ふん。あんたたちが私の家族ではないことが、よ~く分かったわ」 アンは屋根裏部屋に戻り、修道院から持ってきた荷物を手に取り、二階に下りてきた。 「何だ、その荷物は」 クレマンの言葉を無視して、そのまま一階に下りていく。 「兵士さん、私を売ったお金を回収して下さい」 アンは兵士に、前から取り決めていた台詞のように指示を出した。 「任せて下さい」 王宮の兵士は心得たとばかりに、何の疑問も待たずに了解した。 「何を言ってるんだ。これから一緒に暮らせばいいじゃないか」 威張り散らしていた父親の態度が豹変した。 「一緒に暮らす?私を売ったお金で買った豪邸の屋根裏部屋で?」 「部屋があるだけ、ありがたいと思わないのかい」 アンヌの心ない言葉に、アンの心も冷えきっていく。 言葉が通じない人間と言うのは、こう言う人たちのことを言うのだろう。 「王様から書信が届いたのよね?」 アンは少し種明かしをする。 「┅┅」 知られたくない事実を知られてしまったと言う顔だ。 「聖女を売ったお金は、聖女に返すって書いてあったでしょ。だから迎えにきたのよね?」 「それは┅┅」 アンは全て分かっていて家に戻ってきたのだと、アンヌとクレマンは驚愕している。 「足りないお金は家を売るなり、自分たちを売るなりして工面してもらって下さい」 アンは兵士に頼む形で、両親を脅す。 「悪魔、あんたは聖女なんかじゃない。親を売れなんて何様のつもりなんだ」 「その言葉、そっくりそのまま返してやるわ」 母親が怒鳴る中で、アンは冷めた目で、2度と会わないであろう母を見てから、馬車に視線を移す。 アンは馬車を出してもらってからは、生まれた村を振り返ることなく、その日の内に修道院に戻っていった。 ◇◆◇  アン以外の聖女の親たちも、王から届いた書信を見ると直ぐに修道院に駆け付けることになる。 聖女を引き取って一緒に暮らせば、売ったお金を返さずに済む。 それどころか聖女が自由になったことを知って、また金儲けの道具にするつもりだったのかもしれない。 聖女たちは皆アンと似たような形で親元に戻り、あきれ果てて帰ってくることになる。 その中で、ジョセッタだけは家に残ることを決めた。 家に帰ると昔から好きだった幼馴染みが婚約者として、出迎えてくれたらしい。 その出来すぎた話しをアンたちは怪しんだが、ジョセッタが決めたことであれば仕方がない。 ◇◆◇ 「あのね、親からお金を奪い返すような形になったでしょ。やり過ぎたかなって思うと少し恐くなかった?」 恐がりなケイトが、ドキドキを落ち着けるように胸を両手で押さえた。 「ええ、私もそう思ったわ」 いつも無口なイネスが、ポツリと呟く。 「分かるよ。でも修道院に戻ってきたってことは、皆の親もウチの親と似たり寄ったりじゃないの?」 アンは悪戯っぽくおどけて見せた。 けれど聖女たちは、アンも自分たちと同じように寂しいような開放されたような複雑な気持ちだろうと分かっていた。 どんなに憎んだとしても、自分を産んでくれた両親なのだから┅┅。 そして聖女たちの受難が、まだ終わっていないことをこの時のアンは知るよりもなかった。 ◇◆◇  ジョセッタ以外の聖女が、修道院に戻ってきた。 治療を希望する患者も、日々増え続けて聖女たちは大忙し。 ところが、ある日を境に平民の患者数が激減していく。 「最近、暇になったわね」 システィナが、患者のいない礼拝堂で呟いた。 「患者が来ないのに、何もしないで待ってる必要ないじゃない?」 マディがいい加減、何もせずに座っていることに飽きてきたようだ。 「私たちに出来る他のことってないのかな?」 アンは仲間に言いながら、自問自答した。 「他のことか」 聖女たちも同じようなことを考えていたのかもしれない。 病気や怪我をする人がいない日なんて、経験上あり得ない。 つまり聖女たちに治療をしてもらうのが嫌で、平民は修道院を訪れないのだろう。 理由は分からないし、病気や怪我を治す場所や医者を選ぶ権利は患者にある。 貴族の数も少し減った気がするが、食べていくには十分だった。 「アン、いるかい」 珍しく、ユリスが礼拝堂までやってきた。 しかも見知らぬ男を拘束して、逃がさないように捕まえている。 「どうしたの?」 アンが捕まっている男を怪訝(けげん)な顔で見ながら、ユリスの元に近付く。 「この男が修道院に入ろうとしている患者に、君たちの悪口を言い触らしていたよ」 「離せ」 男は後ろ手に、ガッシリとユリスに掴まれて、逃げることが出来ないようだ。 「包帯でも何でもいいから、腕をしばるヒモを持ってきてくれ」 アンは包帯を取ってきて、ユリスに手渡す。 ユリスは手慣れた様子で男の手首を後ろ手にしばり上げると、足首まで拘束してしまった。 「随分と頑丈にしばっちゃうんですね」 いつの間にか集まっていた他の聖女の中から、マディが興味深そうに質問した。 「女性ばかりの職場で、不振人物が逃げたら困るからね」 ユリスはアンたち聖女を心配して、通常よりも頑丈にしばり上げたようだ。 「それでこの男は、修道院の患者に何て言ってたのかしら?」 アンは軽蔑の眼差しで、男を見下ろしている。 「お前が、ほざいていた台詞をもう一度言え」 ユリスが、男の太ももの内側を踏みつけて全体重をかけた。これは痛そうだ。 いつも穏やかで優しいユリスとは、違う一面をアンは見た気がした。 「わかっ、いてえぇ。分かったって言ってんだろ」 男は見悶えるように体をくねらせて、ユリスが踏みつける足から逃げ出そうともがいている。 「あんたたち聖女が、売春してるって教えてやっただけだよ」 ゲシっ 「いてえ」 ユリスのひざ蹴りが、男の後頭部に直撃した。 「あんたが、言えって言ったんじゃねえか」 「死ね」 アンが、男の股間目がけて、力一杯蹴飛ばした。 「いてぇ、くっ、くっ」 しばり上げられていて立ち上がれない男は、腰を付いたままで飛び跳ねている。 何故かユリスも真っ青な顔で、声も出せずに痛がる男を気の毒そうに見ている。 「その話し、誰から聞いたわけ?詳しく聞かせてちょうだい?」 アンが何度でも蹴飛ばしてやると言わんばかりに、足を踏み鳴らした。 「待て。待ってくれよ。名前は言って無かったが、西区にある治療院の医者に頼まれたんだ」 男はよっぽど堪えたのか、すんなりと白状した。 「治療院の地図を書いてちょうだい」 アンは無表情で口元だけ引き上げた。 「はああ、こんな依頼受けるんじゃなかった」 男は、心底付いてないとぼやいた。 「書くの?書かないの?」 アンは男に一歩近付いて脅しをかける。 「書くよ、書けばいいんだろ」 アンは、受付に置いてある紙とペンを男の前にバシンと叩きつけた。
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