ユリス▪フォン▪マケドニヴァ

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ユリス▪フォン▪マケドニヴァ

第3話  男の名前はユリス▪フォン▪マケドニヴァ。 マケドニヴァ王国の第3王子である。 父親譲りの銀髪と銀の瞳に、母親から受け継いだ鋭利で整った顔立ちで、国民からの人気も高い。 年齢は18歳で、アンよりも2つ年上。 「また何かやらかしてる」 マケドニヴァ王城の広大な敷地の南側に、使われなくなった東屋がありユリスが1人の時間を楽しむ場所にしていた。 城からは見えない修道院の様子が、東屋の2階からはよく見える。 その頃、ユリスに見られているとも知らずに、アンは台所から盗んだパンを持ち出して修道院の裏庭にいた。 「ふふふん。食料だけ集めておけば、いつでも逃げ出してやるんだから」 小さな手が、薄汚れた白いワンピースの裾を持ち上げて、邪魔にならないように片結びしてしまう。 「ぶはっ、何て格好してるんだ」 バルコニーに置かれたテーブル席の椅子に腰掛けて、ワインを飲みながら、アンが何を仕出かすか眺めていたユリスは、ワインを噴きだす。 アンは足を膝の上まで丸出しで、修道院の壁の側に立つ大木に登り始める。 「窪みが少なくて登りづらいわね」 丸出しの足を開いて少しでも出っ張りや窪みがないか探しながら、木の上に登っていく。 「やっと辿り着いた」 木の真ん中辺りで、大きな受け皿のようになっている場所に、手を掛けて体を持ち上げようとして┅┅。 「きゃあ」 ところが手を掛けた木の皮が剥がれて、アンはまっ逆さまに落ちていく。 「神様仏様、死んだらあんたたちを絶対に許さないんだから」 目をつぶりながら、神様と仏様を呪い続けている。 「木から落ちて命が危ない時に、神や仏を呪う人に初めて会ったよ」 落ちてくるアンを受け止めたユリスは、呆れたようにつぶやく。 「え?」 アンは、恐る恐る目を開ける。 「あんた」 一週間程前に、ムカつく言葉を吐いた男が、急に目の前に現れたのでビックリした。 「僕はユリス。それにしても小柄かと思ったら、結構重いね」 実際にはユリスの身長は180センチ以上あり鍛え上げられた肉体は、小柄なアンを抱き抱えた位ではびくともしない。 「きゃあ、スケベっ」 よく知りもしない男にお姫様抱っこされていることに気付いたアンは、両掌でユリスの顔を突き飛ばした。 「うわっ」 「痛い」 いきなり顔を突き飛ばされたユリスは驚いて両手を離すと、アンは地面に腰を打ち付けた。 「何するのよ」 「何って、木から落ちた君を助けて、顔を突き飛ばされた所だけど」 「あっそう言えば私、生きてるの?まさか、あなたが助けてくれたの?」 「多分ね」 目の前の男は皮肉っぽく笑って、アンに手を差し出す。 「ありがと」 ユリスは気まずそうなアンの手を引っ張って、立ち上がるのを助ける。 「どういたしまして。でもレディ、スカートの裾は元に戻してくれるかい」 ユリスは、アンを見ないように顔を横にそむけている。 「え?」 ユリスの言葉を聞いて、下を見るとスカートがめくれ上がり、太ももまで露になっていた。 「きゃあああ」 アンの叫び声を聞いて、修道院の中から人が出てくる。 「人がやって来たから、僕は行くよ。またね、お転婆さん」 「私の名前はアンよ」 「アンか。君にピッタリの名前だ、お転婆さん」 修道士がやってくる前に、ユリスは姿を消していた。 「またお前か、今度は何だ。ん?これは修道院の食料じゃないか」 「それは」 木から落ちた時に、背中に背負っていた食料を入れた布も落ちていた。 バシン 「痛い」 修道士は、アンの頭を思いっきり叩いた。 「手癖の悪いガキだ。休憩は終わりだ。さっさと働け」 「分かったわよ。自分で行くから手を離して」 小柄な体が、修道士に手首を捕まれて、引きずられるように中へ入っていく。 ◇◆◇  みすぼらしい狭い部屋の扉が開いて、黒く長い髪を後ろに1本に縛った女性が入ってきた。 「アン、パンだけ持ってきたんよ」 同室のスージーが食事を抜かれたアンの為に、食堂のパンを持ってきてくれた。 「ありがと」 「貴族に文句を言ったって、殴られて食事を抜かれんのに、どうして反抗するん?」 スージーは、アンのやっていることが理解出来ないとため息をつく。 「だってムカつくんだもの。私は聖女になんてなりたくなかった。普通に恋をして子供だって生みたいんだから」 「それは┅┅」 スージーだって、アンの気持ちが分からない訳ではない。 けれど貴族や修道士に逆らって、いいことなんてあるはずがない。 聖女の力は異性と結ばれると消えると言われていて、神様から授かった能力を消すのは冒涜だと考えられていた。 つまり聖女が恋をして結婚するのは、なかなか大変な道のりと言うことだ。 勿論、聖女が恋をしたからと言って罰を受ける訳ではない。 そんな法律は存在しない。 ただ聖女を修道院から一歩も外に出さなければ、そんな問題も起きないので外出を制限されて、ずっと貴族の治療をして過ごさなければならなかった。 「私はそんなの嫌よ」 アンは食料を持って、いつかあの高い壁を越えて、外の世界へ出てやると心に決めていた。 ◇◆◇  ツインテールが夜中に部屋を抜け出して、台所に忍び込んでいる。 「昼間に逃げようとしたのが、失敗だったのよ」 台所の火は既に消えていて、人気もない。 修道院には7人の聖女がいて、司祭と修道士を合わせれば、大体15人は下らない。 つまり台所には、アンが1週間は食べていけるだけの食料が置いてある。 ただし、聖女に与えられる食事は硬いパン一つと、チーズ一欠片に水だけ。 アンは一度、修道士の食事を覗いたことがある。 手で掴むと潰れてしまう程柔らかいパンと野菜の入った温かいスープに、骨付きの肉まで出ていた。 それらはどう考えても、聖女が貴族を治療して稼いだお金で賄っているとしか思えない。 「まったく私も甘いわ」 アンは、硬いパンを3個、布地に包んで背中に背負う。 アンが大量の食料を盗んだとしたら、食事を減らされるのは修道士ではなくて、聖女たちの粗末な食事だろう。 「お前が甘ちゃんだと言うのは、私も認めよう」 突然背後から声がしたと思ったら、食堂の灯りが修道士のガストンによって点けられる。 「ガストン修道士、こんな夜中にどうしたの?」 アンは背中を隠して、すっとぼけて見せる。 「台所にネズミが入って、修道院から抜け出すと密告があったのでな。どうやらドブネズミだったようだが」 大きな体がドカドカと台所の床を踏みつけて、アンに近付いてくる。 「っ」 絶体絶命のアンは大きな体のガストンの脇をすり抜けて、台所の入り口に向かって走り抜けようとした。 「待てっ、こいつ」 「離せ、デカイ図体して力任せに掴まないでよ」 小さな体は、簡単に首根っこを掴まれたが、手足をバタつかせてガストンの腹回りや太ももを蹴飛ばした。 「殴り殺されたくなければ、おとなしくしろ」 腹を殴られて怒ったのか、ガストンの声に凄みが増していく。 いつものガストンはアンが悪態を付いても、聖女を金蔓だと思っているせいか甘い所が多かった。 けれど今日のガストンは、どこか様子が違う。 「お前が本気で逃亡を謀るなら話しは別だ。お前に似合いの場所に案内してやろう」 そう言えば、修道院から逃げ出す所を捕まれたのは初めてかもしれない。 アンの逃亡を知っているのはスージーだけだけど、彼女がガストンに密告したとは思えない。 一体誰だろう?けれどそんなことを考えている余裕はなかった。 大きな手がアンの手首を掴みながら、台所から外へと引きずり出す。 そして修道院の建物の横に立つ、蔦の絡まる古びた塔へとやってきた。 塔があることは知っていたけれど、アンが中へ入るのは初めてだ。 しかも罪を犯した貴族が塔に幽閉されていて、食事も与えられずに死んだと噂で聞いたことがある。 修道院の窓から夜中に聞こえてくる呻き声が、塔で死んだ貴族の霊だと皆が話していた。 まさか、こんな場所に閉じ込めるつもりじゃないでしょうね? アンは、逃亡を告げ口した奴を呪い殺してやりたいと思う。
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