塔は自分で逃げ出すべし

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塔は自分で逃げ出すべし

第4話  塔の中に入ると壁に沿って螺旋階段があり、アンはガストンの前で、せっつかれながら階段を上らされていた。 螺旋階段の途中には踊り場があり、扉が設置されていて奥には部屋があるのだろうか。 5回目の踊り場で、ガストンが立ち止まり、扉の鍵を開ける。 「客は連れてきてやる。この部屋でゆっくり反省するんだな」 大きな手が部屋の中にアンを突き飛ばすと、扉を閉めて鍵をかける。 「いたたっ、まったく乱暴なんだから」 小さな手が床に打ち付けた腕をさりながら立ち上がると、ガストンが階段を下りていく音がする。 「ちょっと何でこんな部屋に閉じ込めるのよ。出しなさいよ」 声で怒鳴ったが、誰もやってはこない。 「ちぇっ、鍵をかけるなんて最悪なんだけど」 せまく薄暗い部屋を見渡した。 カビ臭いベッドに、小さな窓があるだけの埃っぽい部屋。 「あっ」 ガストンも気が付かなかったのか、アンの背中には、パンが3個くるまれた布袋を背負っている。 「パンがあるなら、この部屋から逃げればいいんじゃない」 早速、鍵のかけられた扉を押して引いて、取手をガチャガチャ動かしてみたが開きそうもない。 「残るは、あの小窓ね」 窓から顔を出して、下を覗いて見る。 「落ちたら死ぬわね。でも足がかけられる出っ張りが、螺旋状に下まで続いてるみたい」 螺旋階段を作る際にブロックを半分、外側まで出っ張らせることで、強度を強くする仕組みが施されていた。 勿論、そんなことはアンには関係ない。 小窓から足を先に出して、出っ張ったブロックに足を乗せる。 「思ったより怖いんですけど」 緊張の為か、いつもよりも独り言が多くなってしまう。 窓の縁に指をかけて小窓の外へ体全体を乗り出す。 「うわあっ、怖い」 薄汚れた白いワンピースが、風でフワリと広がっている。 それが東屋(あずまや)の2階の窓から、アンを思い眠れずに修道院の裏庭を眺めていたユリスの目に留まる。 薄明かるくなってきたとは言え、暗い修道院の塔に、ヒラヒラと動く白い布を見て、最初は幽霊かと思ってしまった。 「あれは、まさかだよな」 金髪のツインテールに、風に翻るスカートを物ともしない女性をユリスは一人しか知らない。 「一体全体、どうしたら塔の外側を上ってるんだか、下りるんだかしてるんだ?」 ユリスはさすがに言葉を失ったが、何か理由があるのかもしれないと思い直しす。 その頃ユリスに見られているとは夢にも思わない少女は、4階の小窓まで辿り着いてひと息付いていた。 「ハア、しんどい」 アンは指に力を入れて壁の隙間にしがみつき、壁の出っ張りに足を這わせていく。 「あ~ムカつく、何でよりによって5階の部屋に入れんのよ」 悪態を付きながらも、徐々に下へ下へ降りていく。 やっと2階の小窓までたどり着く。 ガタガタ アンは窓を開けて、縁に腰かけて休もうとした。 「キャア、誰?泥棒~」 2階の部屋にはアンと同じように、閉じ込められていた聖女がいた。 「違う、あ」 アンは突然悲鳴を上げられて、驚いて窓の縁から手を離してしまった。 「神様、仏様、死んだら化けて出てやるからな~」 トスン 「相変わらず、神様と仏様に悪態付いてるんだね」 「え?」 アンが目を開けると、そこには銀髪と銀の瞳が綺麗すぎる、ユリスの顔が目の前にあった。 「ユリス、どうしてここに?」 またユリスにお姫様抱っこで、受け止められていた。 「ゆっくり話したいけど、君たちの声が大きすぎて修道院の人たちがやってきそうだよ」 「そんなぁ」 またしても失敗。命懸けで塔の5階から下りてきたのに┅┅。 「いつも僕が、助けられるとは限らないからね」 ユリスはゆっくりとアンを下ろして、地面に立たせる。 「分かってるわよ」 自分を助けてくれたユリスに、ガストンや嫌いな貴族たちに対するようなキツイ言い方をしてしまって、直ぐに後悔した。 そうじゃない。命を助けてもらったのよ。 「ありがとう」 アンは思ったよりも、ずっと背の高いユリスを見上げた。 「じゃあ、僕は行くけど大丈夫?」 「なんとかね」 ユリスが言っているのは、5階に閉じ込められているアンが、何故ここにいるのか言い訳が出来るのかって話しだろう。 「お前、ここで何している」 修道士ガストンが、寝巻き姿でやってきた。 「私、夢遊病の気があるみたいで」 バシン 大きな手が力任せにアンの頭を殴り付けて、塔の壁に激突する。 「痛いじゃないのよ。いつか倍返しにしてやるから覚えてなさい。ペッ」 アンは、口に溜まった血を地面に吐き出す。 「その時は、俺がお前を殺してやる」 メラメラと燃える目は、まるでアンを憎んでいるかのようだ。 修道士は自分こそ加害者側なのに、何故か被害者である聖女を憎んで、いたぶっている節がある。 「頭おかしいんじゃないの」 「黙って部屋に戻るんだ」 ガストンに小突かれながら、螺旋階段を上り部屋に戻る。 「おとなしくしていないと、ここで餓死させるからな」 恐ろしい言葉を残して、ガストンは部屋を出ていった。 「マジムカつく」 でも、今日はもう窓の外から下に下りるのは勘弁だ。 ユリスがいなければ、今頃どうなっていたか分からない。 それにしても、いつもアンが落下する時に現れて助けてくれるユリスとは何者だろう? 最初はいけすかない貴族のボンボンだと思っていたのに、ユリスは他の貴族とは違う。 ちゃんと話してみたいけど、いつもガストンが現れてユリスは姿を消してしまう。 「はあ、疲れた。今日はもう寝よう」 カビ臭いベッドに倒れ込むようにして、眠りについた。
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