マントを被った貴族

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マントを被った貴族

第6話 (マズイ、このままだと見付かってしまう) 音を立てないように、ソッと2階の扉に付いている打掛錠を閉める。 それから壁に張り付いて、身を屈めて階段を上っていく。 心臓の音がドキドキして、余計に緊張してしまう。 追い付かれてはいけないけど、足音を立てたら部屋から出たことに気が付かれてしまう。 アンは急いで、でも静かに5階にたどり着いた。 そして扉を閉めるギリギリのところで、打掛錠をかけて扉をソッと閉める。 「上手くいった」 打掛錠を見た時に、内側からなら外側の打掛錠を閉めることも出来るんじゃないかと考えていた。 問題は内側から、打掛錠を開けることが出来るかどうかだ。 「お客様を連れて来たぞ」 修道士ジルは、まるでアンが望んでお客様を待っていたような口振りではないか。 貴族の男は、お忍びを装っているのか、マントを頭から被っている。 「それでは私めは、下でお待ちしておりますので」 ジルは貴族の男を置いて、螺旋階段を下りていってしまった。 いくら世間知らずのアンでも、おかしいと思った。 修道士の部屋にさえ入れない聖女を貴族の男と、部屋に2人きりにするなんてあり得ない。 「それで、どこを治して欲しい訳?」 ツインテールの女の子が、仁王立ちで腕組みをしている。 「ぶっ、こんな聖女がいるなんて、あははは」 貴族の男が、突然お腹を抱えて笑い出す。 「え、何?」 目の前の男が、頭のおかしい奴なのかと身構えた。 その時、男が頭に被ったマントを脱いで、顔を現す。 「やあ、お転婆さん。無事みたいで安心したよ」 「ユリス」 まさかユリスが、塔の5階までやってくるとは思わなかったので驚いて大きな声が出てしまう。 「ちょっと、こんな所まで何しに来たのよ。見付かったら危険よ」 小さな口が、プンプン文句を言ったが、本当はユリスの心配をしているようだ。 「最初に会った時に、君が言ってた言葉が気になっていたんだ」 「最初に会った時┅┅ああ、あれ」 『両親に大金で売られて貴族に暴言はかれて修道士に殴られて、何が崇高よ。あんた頭おかしいんじゃないの?』 「全部本当のことだもの」 「そうか。それで、君がここにおとなしくしているなんて不思議だな」 暗い雰囲気を打ち消すように、ユリスがアンをからかう。 「待って。それを話すには、あんたが味方なのか分からないじゃない」 アンはいつもの元気で、強気な口調に戻っていた。 「敵だったら、君を心配してこんな所に来ると思うかい?」 「そりゃあ、そうだけど。何であんたが私を心配するのよ」 「何でだろ?」 「はあ?からかってるだけなら、よそを当たって。それどころじゃないんだから」 「待ってくれ。そんなこと、聞かれると思っていなかったから┅┅」 ユリスは自分でも考えていなかった答えを探しているようだった。 「君が普通の女の子じゃなかったからかな」 聖女らしくないとはよく言われるが、普通の女の子らしくないと言われるとは思ってもみなかった。 「はあ?ケンカ売ってるの?」 アンは片足を一歩前に出して、ユリスを睨み付ける。 (そう言うところがだよ)とユリスは思ったが、口には出さなかった。 「悪い意味じゃないって。それに酷い扱いを受けているなら、助けたいと思ったんだ」 ユリスは胸の前に両手を立てて、アンに落ち着いてくれと合図した。 「ふん。まあ、いいわ。あなたには何度も助けられたし、信じてあげる」 アンはニッコリ笑って、窓辺に腰かけた。 「それにしても、ここは酷い部屋だな」 カビとホコリの匂いが充満していて、部屋も狭い上に天井も低い。 背の高い彼は、あと少しで天井に頭が付きそうだ。 「修道院の部屋は相部屋だし、こことそう変わらないわ」 「そんな、聖女には国から給与が支払われて、手厚く保護されていると聞いていたが」 ユリスはまるで、独り言のようにつぶやく。 「ふ。ここに来てから、お金なんてもらったことないわよ」 アンは、ユリスの夢見がちな話しを鼻で笑ってしまう。 「ふうう。それで、それどころじゃないって何が起きているんだ」 ユリスは気を取り直すように、話題を変えた。 「何から話せばいいかしら┅┅」 アンは修道士ガストンと同室のスージーが、男女の関係にあるらしいことことを話して聞かせた。 聖女は男性と結ばれると、能力を失うと言われている。 それを見たマディが、2階に閉じ込められている。 マディの話しによると聖女がいつの間にか消えて、新しい聖女が補充されている。 そして自分が、親に大金で売られてきたことも付け加えた。 「あと、この部屋に来てくれたあんたに言うことじゃないんだけど」 アンは言いにくそうに、口ごもった。 「何でも言ってくれ」 「うん。聖女は修道士の部屋にだって、入ったらいけないの」 「そうなのか」 ユリスは話しの続きを促した。 「私は塔に閉じ込められたのは始めてたけど、いくら治療って言っても貴族の男と部屋に2人きりにするなんておかしくない?」 「ああ、そう言う意味だったのか」 ユリスはやっと合点がいったとうなずいた。 「そう言うって?」 「ここに来る時に、気に入った聖女がいたら専属に出来るって言われたんだ」 「何それ?」 アンは両手で自分の体を抱き締めて身震いした。 決してユリスが気持ち悪いと言う意味ではないが、修道士の言葉が薄気味悪かった。 「消えた聖女の行方が、気になるな」 「そうよね?どこに行ったのかしら?マディは、逃げ出したりしないって言うのよ」 「はあ、今の話しで分からないのか?まだまだお子様だな」 「何ですって、追い出すわよ」 アンは両手を腰に当てて、胸を突き出した。 「お転婆さん、いくら君が幼くても男に胸を突き出すな」 「きゃあ、このスケベ」 アンは突然恥ずかしくなって、胸を両腕で覆い隠した。 「いや、本当にスケベなら、黙ってるよ」 ユリスは両手を脇に広げて、アンがトンチンカンなことを言ってると表現して見せる。 「ふん。まあ、いいわ。とにかく私は逃げ出したかったけど、皆を置いて逃げていいか悩んでるのよ」 ユリスが自分を女として見ていないと確信して、恥ずかしさも吹き飛んでしまった。 ユリスはアンがそんな勘違いをしていると分かった上で、仕方ないなと言う気持ちで見守っている。 「でも、君が塔の個室で、貴族に治療させられるのは避けたいな」 端正な顔が、何か方法がないか眉間に少しシワを寄せ考えている。 話すと憎らしいが黙っていると綺麗なユリスの顔を眺めていた。 睫まで銀髪だわ。鼻も高くて、私とは大違い。 確かにアンの鼻は高くなかったが、目は大きくて鼻と口が小造なアンの顔は、誰が見ても可愛い。 「アン、おいアン」 「え?」 ユリスの顔に見惚れていて、ユリスの呼かけに気が付かなかった。 「ぼおっとして、考えごとか?」 「何でもないわよ」 またキツイ言い方をしてしまう。 「考えたんだが、とにかく修道士の言う、専属にしてくれるって言う話しに乗っかってみようと思う」 「誰か気に入った子がいるの」 アンはユリスに飛び付いて、貴族の胴衣であるダブレットを握り締める。 すぐ目の前にユリスの美しい顔があって、アンは真っ赤になった。 「アン、少し落ち着いてくれ。誤解されそうだから先に説明するよ」 コクリ アンがうなずく。 「貴族と君を2人きりにするのはおかしいと言っただろ。多分、貴族に気に入ってもらえる聖女を見繕っているんだろう」 「え?何の為に聖女を」 「貴族に高く売る為だと思う」 「そんな┅┅親に売られてきたのに、今度は修道院にまで売られる訳?」 目の前が真っ暗になるのを感じていた。 「酷い話しだと思う。まずは他の貴族に紹介されないように、僕がアンを気に入ったと話しておくよ」 ああ、ユリスはやっぱり他の貴族とは違う。 「ありがとう。あっ」 アンはユリスのダブレットから手を離すと、後ろに後退りして距離を取った。 「ふう。その修道士と関係を持った聖女は能力を失って、今どうしているんだ?」 ユリスは、男女の関係になったガストンとスージーについて、アンには聞きにくそうだ。 「昨日の朝までは同室だったけど、確かにスージーが貴族の治療をしているのを最近見てないかも」 「治療をしていないのに、他の聖女たちは何も言わないのか?」 「う~ん。修道士に割り振られた貴族の治療をしているだけだから、私も言われてみればって感じだし」 「つまり能力が失われていると知っている修道士が、アンと同室の聖女には貴族の治療をさせていない訳か」 「なるほど」 アンは言われて初めてガストンとスージーが、そう言う関係だと確信する。 そして間違いなくスージーは、アンが修道院を抜け出そうとしているとガストンに売ったのだ。 もしかしたら、そうかもしれないと思ってはいたけど信じたくはなかった。 アンは友人だと思っていたスージーに、裏切られたのだ。 「大丈夫か」 「多分」 「そろそろ時間だから行くよ。アン、気を付けてくれ」 「あのユリス、何か細くて固い物を持っていたら貸しておいてもらえない?」 「細くて固い物か。何に使うか分からないけど、封筒じゃダメか?」 ユリスはマントの内ポケットから封筒を出して、中の手紙を外してアンに見せた。 「う~ん、なんとか使えそうだわ」 「だったら封筒は返さなくていいよ」 「封筒の事だけじゃなくて、色々とありがとう」 「ああ」 銀髪の髪が、再びマントを被り扉の外に出た。
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