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ヴィヨン卿
第7話
修道士ジルが昼食を運び終えた後に、アンは部屋の外に出るつもりでいた。
ユリスからもらった封筒を手元に出して、扉に差し込むと扉の外にある打掛錠を上に持ち上げようと試みる。
「あれ?簡単にはいかないわね」
紙では弱いのか、打掛錠を持ち上げられない。
無理やり封筒を上に引いてしまうと、紙がヨレテしまう。
数時間経っただろうか?時間だけが過ぎていきアンは焦っていた。
「開いた」
コツなのかもしれないが、手前から奥へ押し出すように上に持ち上げたら上手くいった。
「とにかくマディとも会って、貴族に気を付けるように言わなきゃ」
ツインテールが、螺旋階段から下を覗いて、誰も上ってくる人間がいないことを確かめている。
そして螺旋階段の壁に手をそえて、下に降りていく。
2階にたどり着くと、勿論、鍵は閉まっていた。
小さな手が打掛錠を外して、扉を開けた。
「マディこの間の貴族の話し┅┅っ」
アンは信じられないといった表情で、大きな目をさらに見開いた。
マディは服を引き裂かれて、明らかに乱暴された後だった。
「ひっん、ひっひっ」
ベッドにうつぶせて泣きじゃくるマディに、アンは何て声をかければいいのか分からない。
そっと頭に手を置くとマディがポツリ、ポツリと話し始める。
「う、うえ、ジルが┅┅治療を受ける貴族を連れて来たの。くすん。ジルが部屋の鍵を閉めたら、男が襲いかかって」
マディは声を詰まらせながら、貴族に襲われた事をアンに告げて、気を付けるように忠告してくれている。
アンに話す為に、ベッドから少しだけ顔を上げたマディを見て驚愕する。
「マディ、その顔は殴られたの?」
「┅┅」
殴られた頬を手で隠して起き上がった。
「マディ、辛いと思うけど聞かせて。その男に嫁ぐ気なんてある?それとも本気で復讐してやる?」
アンは壊れたラジオのように、感情のないロボットのようにマディに尋ねた。
「あんな奴、ゴホゴホ、死んでしまえばいい。あんな奴に嫁ぐくらいなら死んでやる」
マディは興奮し過ぎて、咳き込みながらアンの質問に答える。
「そいつ、また来る?」
「明日も来るって言ってた」
「いつ頃、来たの?」
「鐘が鳴ってたから、13時頃だと思う」
修道院で13時の鐘は午後の仕事を始める合図。
「明日鐘が鳴って、しばらくしたら私も部屋に来るから。その男に、私が聖女の力で疲れや肩凝りも取れるって紹介して」
「でも、そんなことして今度はアンが狙われたら」
「私は大丈夫」
「分かった」
マディはうなずいて、涙を拭き、カビ臭いシーツを身にまとった。
酷すぎる。
こんな目に遭わせておいて、翌日もやってくるなんて人間じゃない。
絶対に許さない。
「マディ、見回りの修道士に見付かるといけないから戻るね。明日、一緒に復讐するんだからね」
マディがおかしな気を起こさないように、明日の復讐を誓わせたかった。
「うん」
復讐の話しを聞いてから、マディの様子は明らかに変わった。
生きる望みを失って命を絶つのではないかと心配したが、今は目に光が戻っている。
崇高な光ではなく復讐と言う名の鈍く光る刃物のような光ではあるけれど。
アンは2階の扉を開けて、螺旋階段に出ると、扉の打掛錠を閉めた。
5階の部屋に戻りながら、暗い気持ちにさいなまれていた。
貴族が聖女を狙っていると聞かされながらも、何も出来なかった自分が情けなかった。
今度こそは、マディを助けるから。
◇◆◇
翌日、13時の鐘が鳴った。
アンは直ぐに開くか分からなかったので、ジルが昼食を運んで帰った後に、あらかじめ打掛錠を開けておく。
そ~っと、扉を開けて螺旋階段の下を覗きみる。
「ヤバい」
両手が口を覆って、壁際に身を隠す。
貴族を案内して、自分だけ戻る途中のジルが1階にいる。
とにかく貴族の奴がマディに手を出す前に、2階の部屋に行かなくてはいけない。
アンはジルが上に上ってこないことを祈りながら、壁に手を付いて下に降りていく。
「ふう」
2階の打掛錠を外側から開ける。
トントントン
外側から扉を叩く。
「お邪魔します。聖女のアンです」
アンは修道院に来てから、誰にも見せたことのないような晴れやかな笑顔を貴族に向ける。
「誰だ、お前は」
思ったよりも若いのかニキビ顔の貴族は、マディとの情事を邪魔されて機嫌が悪そうだ。
「ヴィヨン卿、聖女アンですわ。マッサージが上手で疲れや肩凝りも取れちゃうんですよ」
マディはまるで恋人同士のように、ヴィヨン卿と呼ばれる男の肩にしなだれかかった。
「おほほ、そうなのか」
この男、マジでキモい。
アンは一瞬で凍り付いた。
「少しだけお時間を頂ければ、天国にお連れします」
アンは内心では吐きそうになりながら、ヴィヨン卿の上衣を脱がせて、ベッドにうつぶせになるように促した。
上向きに寝られたら、絶対に殴ってしまう自信がある。
「ゆったり、リラックスして下さいね」
アンが手の平に聖女の力を溜めると、アンの手の平がいつもよりも眩しく光った。
「┅┅」
マディは見たこともない程の、眩しい聖女の光りに恐れおののいている。
「背中の中心から肩に、聖女のパワーを流していきますね」
噴水が水を噴き出すような形で、背中から肩にかけて手の平を滑らせていく。
「おおっ、これは気持ちがいいぞ」
一つの動作を終える度に肩甲骨の間に両手を置いて、より多くの聖女の力を心臓に流し込んでいく。
何度も何度もその動作を繰り返す内に、ヴィヨン卿は眠ってしまった。
「マディ、服を脱がせてベッドで休ませて。出来ればマディも横になっていて」
アンだって、マディに酷いことを言っている自覚はあるし辛かった。
「ぷぷっ、つまりやったフリをしちゃうのね」
マディは小声で楽しそうに話して、ヴィヨン卿の服をソッと脱がし始める。
「アン、私は平気だからもう行って」
マディはヴィヨン卿の服を脱がし終わると、自分の服も躊躇(ちゅうちょ)なく脱ぎ捨てた。
「マディ、面白くなるのはこれからだから焦らず待っていてね」
マディは、これ以上何があるのかとアンを見つめた。
けれどアンは扉を開けて外に出ると、打掛錠をかけて階段を上がっていってしまった。
「一体何を仕出かしちゃうつもりかしら?」
マディは楽しそうにクスクス笑って、ベッドに横たわりながら小窓の外を眺めていた。
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