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とんでもない聖女
第1話
「いてぇ、もっと丁寧に治療出来ないのか」
王国の修道院に治療に来るのは金持ちの貴族と相場が決まっており、治療をする聖女に対しても横柄な態度を取る者たちが後を絶たない。
「勝手に怪我して治してやってるのに、威張り散らしてるんじゃないわよ」
聖女に成り立てのアンは、フワフワでボリュームのある金髪のツインテールを揺らして怒鳴っている。
「ひぃ、何て女だ。そこんな女が聖女だなんて」
階段から落ちて骨折したと言う、髭を生やした男爵が、添え木を外そうとしたアンに乱暴だと噛みつく。
「何ですって」
「何か問題でもございましたか?」
そこへ修道院の修道士、ガストンがやってきた。
白い下地に紺のスカプラリオと呼ばれる服を着ているので、一目で修道士と分かる。
「この女が乱暴に扱うから、怪我した足が悪化したじゃないか」
「何ですと」
バシンッ
「きゃあ」
体の大きなガストンに頬を叩かれて、小柄な体は2メーター以上も吹き飛んだ。
周りの治療に来た貴族や聖女は見ているだけで、アンを助けようともしない。
「くっ、何するのよ」
アンは唇から流れる血を手の甲で拭き取りながら、フラフラと立ち上がる。
「お客様に無礼を働いたんだ。殴られても文句は言えないだろう」
「ケケケっ」
少女を悪者に仕立てた貴族が、ざまあ見ろと嘲笑っている。
「客ですって、そいつがいつ私に金を払ったのよ。誰も治療させてくれなんて頼んでないわ」
アンは腰に両手をかけて、言い返せるなら言い返してみろという態度を取っている。
「お前の親に、王国から金を渡しているんだ。金をもらった分、働くのは当然じゃないのか」
ガストンは今まで何度も同じような言葉を投げかけられたことがあるとでも言うように、スラスラと答える。
「私に治療させるのに、勝手に親に金を払ってんじゃないわよ」
アンの言葉にガストンの眉毛が、ピクピクと動きだす。
「修道院に連れてきたのも無理矢理じゃない。修道院が聞いて呆れるわ」
「何だと」
思ってもみなかった返しをしてくるアンに苛立ち、ガストンは右手を大きく振り上げた。
「止めないか」
治療に来たらしき貴族が扉から入ってきて、聖女を叩こうとしているガストンを止める。
修道士の横暴を止めに入った貴族なんて初めてだし、その服装もどこか他の貴族とは違っている。
貴族たちの着ているダブレットと呼ばれる胴衣は一様にカラフルで派手だったし、襟元や袖口には邪魔にしか思えないフリルが施されている。
しかし目の前の貴族が着ているダブレットは、どちらかと言うと軍服の形に似ている。
けれど軍服なら、リュシオン王国のカラーである青色の軍服になるはず。
彼の服は黒に白の縁取りが入れているが、派手なフリル等は一切施されていない。
なのに他の貴族が着ているド派手な衣装よりも、よっぽど豪華に見えるのが不思議だった。
「これはお客様、とんだところをお見せしました。聖女のくせに治療をしないと言うので」
がめつい修道士は、一目で目の前の貴族が上客だと判断する。
「大変だとは思いますが、暴力はいけません。君も怪我している人の治療を拒むなんて、神から頂いた力なのに」
銀髪の瞳と髪によく似合う皮肉な口振りに、アンは苛立ちを覚える。
「はあ?何も知らないくせに、適当なことを言ってんじゃないわよ」
「何?」
「私が好きでこんな所にいるとでも思ってるの?修道院に無理矢理連れてこられたのよ」
見知らぬ貴族に話しても意味がないと知りつつ、それでも伝えずにはいられなかった。
「しかもあんたたちは貴族ってだけで怪我の治療をしてやってるのに、文句ばかり言って何様よ」
貴族の若い男は鼻息の荒いアンに、銀の瞳をパチクリさせて唖然としている。
「つまり、君は無理矢理連れてこられたと言うのか?」
「そうよ」
「だが聖女なのだから、その崇高な」
「両親に大金で売られて貴族に暴言はかれて修道士に殴られて、何が崇高よ。あんた頭可笑しいんじゃないの?」
アンは溢れそうな程、大きな青い瞳を見開いて男を睨み付ける。
修道院に来てからのイライラを初めて見る貴族の男にぶちまけて、少しスッキリした。
「ふんっ、もういいわ。あんた骨折した足を治すから黙ってなさい」
聖女たちは与えられたみすぼらしい白いワンピースを着て、ひざまずいて治療を行っているので、ワンピースの裾が直ぐに汚れてしまう。
「おお」
アンの暴言にスッカリ意気消沈していた貴族は、黙って足を差し出す。
「添え木があると触れないから、外したのよ」
小さな手が、貴族の骨折した足にソッと触れた。
するとアンの手の周りが、ポウッと優しい緑の光に包まれる。
「おお、治った。もう痛くないぞ。ふん、最初からこうすればいいものを」
貴族は立ち上がると、アンに礼も言わずに出ていってしまう。
「ふん、貴族なんて最低な奴らばかり」
「いい加減にしないか。今日は飯抜きだからな。さっさと次のお客様を治療するんだ」
ガストンがアンの手首を取って、無理矢理立ち上がらせた。
アンは、何を言っても無駄だと、黙って引きずられていく。
銀髪と銀の瞳を持つ男は、その場に取り残されて、引きずられていくアンの後ろ姿を見つめていた。
◇◆◇
リュシオン王国には昔から、聖女と呼ばれる少女たちがいた。
聖女は王国が管理する修道院に閉じ込められて、怪我をした貴族の治療をする。
彼女たちは10代で聖女としての能力に目覚めると、国から高額な身請け金が支払われて、親元から引き離される。
実際には娘が聖女の能力に目覚めると進んで差し出す親がほとんどで、アンの親も例外ではなかった。
アンが15歳の時に聖女の能力が開花した。
それは聖女の力に目覚めた人間の近くに怪我や病気の者がいると、聖女の額が光ることで明らかとなる。
能力が開花した聖女の額の光は、身近にいる病人の治癒を掌をかざして治すことで消えていく。
額が光るのは聖女の能力が目覚めたことを知らせる物で、消えてからは二度と光らない。
「あんた、アンが聖女の力に目覚めたよ」
昼の食事を作っていた母親アンヌが、包丁で指の先を少し切った事で、アンの聖女の能力が目覚めた。
頬の痩せこけた母親のアンヌは、目を輝かせて喜んでいる。
「本当か。無駄飯食いで金持ちのジジイに売り飛ばすしか能がないかと思っていたが、大したもんだ」
酒浸りでガラガラ声の父親クレマンは、無駄飯食いが役に立ったと喜んでいる。
「私は聖女なんかにならない。私は結婚して母親になるんだから」
アンは生まれて初めて、両親に怒鳴り声を上げた。
「ふざけるんじゃねえ」
ガツンッ
父親のクレマンが太い腕を振り上げて、アンの顔をひっぱたいた。
クレマンの大きな手が耳に当たり、アンの頭の中にキーンと耳鳴りが響く。
「今直ぐ修道院に行って、娘が聖女になったって言ってこい」
「分かったよ」
アンヌは叩かれたアンには目もくれず、一目散で修道院に向かった。
「私は修道院になんて行きたくない」
アンは扉から外に飛び出そうとした。
「待ちやがれ。直ぐに修道院の人間がやってくるから、それまでおとなしく待っていろ」
アンは部屋に閉じ込められて、外から鍵を閉められる。
「開けて、ここから出して」
「黙れ」
泣いて叫んでも、父親は聞く耳を持たない。
しばらくすると、修道院から使いの者がやってきた。
そして大金の入った袋と交換で、アンが引き渡される。
袋の中には1000万ゼニスが入っていて、夫婦2人なら慎ましい生活であれば、一生食べていける金額。
両親は見送りもせずに家の中に急いで入り、袋の中のお金を数え始める。
住んでいた家はみすぼらしい平屋で、両親は貧しさからアンをろくに学校にも通わせなかった。
「母さん、修道院なんて行きたくない。助けてぇ」
2人の耳には、引きずられて泣き叫ぶ娘の声は聞こえていないのだろうか。
「ここの親も同じか」
修道院から来た男は、嫌がるアンの手首をガッシリ掴みながらボソリと呟いた。
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