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「アイス食べたい」
ハンバーガー屋を出ると同時に甘い物欲が出てきて、柳に言うと彼女は無言で頷いた。ハンバーガー屋の少し先に、チェーン店のアイス屋がある。しかしそこは対面で注文せねばならず、モバイルオーダーはできない。その事に、店の前まで来て気が付いた。
「どうしよう…」
「桜井くんが注文して、半分こしない?私、そんなにたくさん食べれないから」
「分かった!」
桜井くん、
そう呼ばれて胸が高鳴った。
僕も名前で呼んでみようかな。そう思ったけど、柳さん、ってあんまり女の子っぽくないなと思って止めた。
チョコミントとハニーナッツのスモールサイズをカップに入れてもらって、僕達はイートインスペースでそれを食べた。スプーンは二つ。本当に付き合ってたら、スプーン一つで食べさせ合いっことかするのかな。そんな事を思いながら、美味しそうにチョコミントアイスを食べる柳の顔を見ていた。
「あ……ヤバい。トイレ行きたい…」
アイスでお腹が冷えたせいだろうか。アイス屋を出ると僕はトイレに行きたくなってしまった。もう家に帰るつもりだったから駅に向かって歩いていたが、道のりはまだ長い。柳が呆れ顔で僕を見た。
「もうここまで来たら駅のトイレしかないよ」
男子トイレか
女子トイレか
最早デートを楽しむ余裕も無く、僕の頭の中はトイレの事でいっぱいになった。男性に遭遇するリスクを背負い何食わぬ顔で男子トイレに入るのか、好奇の目に晒され、誤解されそうになりながら女子トイレに入るのか。
柳と繋いだ手
僕の手汗。
駅はもう、目の前だ。
「私、改札で待ってるから」
そう言って、彼女は僕の手を離した。
用を足して戻って来ると、二人して改札前で帽子をかぶり、マスク、サングラスを付ける。来た時とは逆の電車に乗り込み、自宅の最寄りを目指す。
「……で、どっちに入ったの?」
「女子トイレ……」
柳の質問に、私は俯いて答えた。
女子トイレに入ると、案の定手を洗っていた女性が驚いた表情でこちらを見てきたので「私は女です!」と半ば叫ぶようにして個室に走り込んだ。幸いそれ以上何も無かったし、他の人に会う事も無かった。以前にも何回かこんな事はあったが、今日は何故かいたたまれない気持ちになった。
「……そっか」
それ以上柳は何も言わなかったが、きゅっと握りしめた私の拳をそっと包みこんでくれた。その掌が温かくて、少しだけ泣きそうになった。
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