better me

5/5
前へ
/5ページ
次へ
無事帰宅し、柳の部屋で服を脱ごうとして私はハッと手を止めた。 「柳、向こう向いてて。恥ずかしい」 「そう?」 彼は不思議そうに首をかしげた。 「そりゃそうよ。これでも一応女の子ですから」 「今日、デートして思ったんだ」 柳はウイッグだけ外し、ベッドに腰掛ける。 服はそのままだったが彼は充分可愛かった。今更だけど、ウイッグ無しでも良かったんじゃないかな。 「女装して街中を歩く。周りが僕を見る目は変わるかも知れないけど、僕が世界を見る目は女装したって変らなかった」 「て言うか、多分気付かれて無かったよね」 それを言って、私はまたハッとした。 違う。 普段は男の子である柳が、半日とはいえ所作を全て女の子のようにするなんて無理だ。歩き方や話し方、手の、ちょっとした動作。よく見れば、女の子ではない事が分かってしまう。だとしたら、 「周りは、僕たちが思ってる程、僕たちの事を気にしてないんだよ」 そう、それだ。 私は柳の言葉に大きく頷いた。 私も、知らない内に普段の女の子らしい動作をしていたと思う。柳も私も普段はそれぞれ同性のグループ内にいるから、自分の意思とは無関係に男の子らしく振る舞う事、女の子らしく振る舞う事に慣れてしまっている。潜在的に異性に憧れていても、そう簡単に性別という壁を飛び越える事はできない。でも、 「逆に、私達の方が周りの目を気にしてたかも」 クラスメイトに見付からないように、マスクしたりサングラスしたりさ。 すると柳が可笑しそうに笑い出した。 「あー、でもスリルあって楽しかったよ!ハンバーガーも普通に美味しかった」 「本当!あの店はまた行きたいね!」 「またする?逆転デート」 「いいね!ってか柳、いい加減向こう向いてー!着替えられない」 「ちぇ。見られてるなんて自意識過剰だぞ」 「こっちをガン見しながら言われても説得力無いからー!」 お互い可笑しくなって、二人してケラケラと笑った。結局お互い背を向けて着替え、私は柳の部屋を出た。 玄関を出て、振り返る。 「今日はありがとね」 「こちらこそ」 「また月曜日、学校で」 「うん」 オレンジ色の夕焼けが柳の髪と肌を照らす。 綺麗だな、と思った。 自分の気持ちに嘘をつきたくない。 素直でいたい。 綺麗な物は綺麗と言いたいし、 可愛いものは可愛いと言いたい。 でも、そうやって生きていくのは難しい事なのかも知れない。柳も、私も。 初夏の眩しい夕日を睨みつけ、私は家に向かって歩き出した。 おわり
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加