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無事帰宅し、柳の部屋で服を脱ごうとして私はハッと手を止めた。
「柳、向こう向いてて。恥ずかしい」
「そう?」
彼は不思議そうに首をかしげた。
「そりゃそうよ。これでも一応女の子ですから」
「今日、デートして思ったんだ」
柳はウイッグだけ外し、ベッドに腰掛ける。
服はそのままだったが彼は充分可愛かった。今更だけど、ウイッグ無しでも良かったんじゃないかな。
「女装して街中を歩く。周りが僕を見る目は変わるかも知れないけど、僕が世界を見る目は女装したって変らなかった」
「て言うか、多分気付かれて無かったよね」
それを言って、私はまたハッとした。
違う。
普段は男の子である柳が、半日とはいえ所作を全て女の子のようにするなんて無理だ。歩き方や話し方、手の、ちょっとした動作。よく見れば、女の子ではない事が分かってしまう。だとしたら、
「周りは、僕たちが思ってる程、僕たちの事を気にしてないんだよ」
そう、それだ。
私は柳の言葉に大きく頷いた。
私も、知らない内に普段の女の子らしい動作をしていたと思う。柳も私も普段はそれぞれ同性のグループ内にいるから、自分の意思とは無関係に男の子らしく振る舞う事、女の子らしく振る舞う事に慣れてしまっている。潜在的に異性に憧れていても、そう簡単に性別という壁を飛び越える事はできない。でも、
「逆に、私達の方が周りの目を気にしてたかも」
クラスメイトに見付からないように、マスクしたりサングラスしたりさ。
すると柳が可笑しそうに笑い出した。
「あー、でもスリルあって楽しかったよ!ハンバーガーも普通に美味しかった」
「本当!あの店はまた行きたいね!」
「またする?逆転デート」
「いいね!ってか柳、いい加減向こう向いてー!着替えられない」
「ちぇ。見られてるなんて自意識過剰だぞ」
「こっちをガン見しながら言われても説得力無いからー!」
お互い可笑しくなって、二人してケラケラと笑った。結局お互い背を向けて着替え、私は柳の部屋を出た。
玄関を出て、振り返る。
「今日はありがとね」
「こちらこそ」
「また月曜日、学校で」
「うん」
オレンジ色の夕焼けが柳の髪と肌を照らす。
綺麗だな、と思った。
自分の気持ちに嘘をつきたくない。
素直でいたい。
綺麗な物は綺麗と言いたいし、
可愛いものは可愛いと言いたい。
でも、そうやって生きていくのは難しい事なのかも知れない。柳も、私も。
初夏の眩しい夕日を睨みつけ、私は家に向かって歩き出した。
おわり
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