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決戦
リリヤは当初、ヴァハルたちと同じようにお茶会に参加して自分の無実を訴えるつもりだった。だがそれをロイとグラシスに伝えたところ、両名に渋い顔をされてしまった。
「リリヤは賢いのに、社交は苦手だったね。貴族、とりわけ女性陣の噂話なんて、どちらが正しいかの問題じゃないと妻が言っていた。真っ向からぶつかるのは悪手だろう」
「だがそれもまた可愛い、悪くない。よし、君の妻であるマナに連絡しろ。あれは社交に秀でているからいい案を出して貰えるだろう。俺はリリヤの晴れ舞台を用意しておく」
そうしてトントン拍子に話が進んだ。慌ただしく用意を進める日々を送っていると、あっという間に99回目の巻き戻りは六日目となっていたのだった。
ロイの妻であるマナに借りた、サファイアのような輝きを放つゆったりとしたドレスは、リモッシア皇国式のものだった。最近のあちらでの流行を取り入れているとも聞くが、肩も腕も露わになり艶やかすぎて落ち着かない。
その上グラシスから未来の妻へというメッセージ付きで、大ぶりの宝石をいくつもあしらった首飾りとイヤリングまで贈られてしまった。それらに合うよう髪の毛も高い位置でまとめ上げられ、わざと残した後れ毛が首筋を這う。
鏡の中に映る自分は、まるで別人のように思えた。
「ちょっと私には派手な気がするけど……」
「そんなことないわ、よく似合ってるわよリリヤ。ね、ロイ」
「もちろんだ。マナの次に美しいよ」
昔のロイはそんな軽口を言えるような人物ではなかったのだが、恋は人を変えるのだろう。二人の間に漂う幸せな気持ちが、リリヤにまで伝染するようだった。
「それじゃあ行っておいで。僕もついて行きたかったけれど」
「気にしないで。ここまで手伝ってくれただけでも嬉しいわ」
次期公爵が決まっているロイは忙しい。領地へ戻る予定があり、それはロイ一人の都合では動かせないものだった。
今までのリリヤは誰かを頼るなど考えられず、孤独にただただ辛いだけの巻き戻りを体験してきた。だからこうしてロイの屋敷で支度を手伝ってもらい、馬車まで用意してもらっただけでも、リリヤにすれば大きな感謝すべき出来事なのだ。
「行ってくる。吉報を待ってて」
馬車に乗ったリリヤは二人に手を振った。いまこの瞬間、笑顔で過ごせているだけでも奇跡だと思えた。
グラシスが作ったというお茶会の会場は、なんと王宮だった。彼がどんな伝手を使ったのか、幼い王女殿下主催のお茶会が急遽開催され、その上未婚の令嬢全てに招待状を送ったというから驚きだ。
しかしたとえ強国の皇族であろうとも、他国の王族に介入するには代償が必要だったらしい。そのため暫く城に滞在することが決まり、厳重な警備から抜け出すこともできないと手紙が届いている。
そしてその手紙と一緒に、毎回大ぶりの花束が届けられていた。一昨日は黄色のガーベラ、昨日は紫のグラジオラス。そして今朝は真っ赤な薔薇を集めた大きな花束だった。流石にリリヤだって、それらの花言葉が愛を伝えるものだとは知っている。
花束なんて、ヴァハルには貰ったこともなかった。小さな頃に一度、庭で取った花を一輪渡してくれた。それをリリヤは押し花にして大切に取っていたが、その一度きりだった。
何を考えているのか分からないグラシスだったが、リリヤを尊重してくれているのは伝わっている。愛を囁くその言葉はどこまで本気なのか真意が掴めないままだが、リリヤを思いやるその気持ちが、リリヤには十分嬉しいものだった。
(グラシィが一緒に来れないのは残念だけど――残念?)
自分の考えにハッとした。ほんの数日前に出会ったばかりの人間に、こんなにも心を許し始めている自分が不思議だった。
あの瞳、皇気が溢れるというあの瞳がリリヤは好きだった。柔和な態度を取るグラシスだったが、その輝く瞳は力強くリリヤを射貫く。傲慢だと思っていたグラシスだが、令嬢が生意気に注意をしてもそれをすんなり受け入れてくれる柔軟さがあった。
それになによりリリヤを妻にほしいと言ってくれたのだ。98回も捨てられてばかりのリリヤの心は、それだけで嬉しくなってしまっている。
「馬鹿ね、私は」
小さく頭を振り、リリヤは自分の安直さを嗤う。
どれだけ心を許しても、彼が万が一リリヤを選んでくれていたと仮定しようとも、二人に残された時間は今日と明日の二日間だけだ。二日経てばまた時間は巻き戻る。グラシスがリリヤに興味を持つことは、もうないだろう。
リリヤはゆっくりと息を吸い込み、それから長く長く吐き出した。
今日、リリヤはロザンヌと対峙する事になるだろう。招待状には同伴者可と書いてあったから、元婚約者であるヴァハルと共に来るかもしれない。
自分の正当性を正しく、それでいて貴族令嬢らしく伝えなくてはならない。
リリヤは膝の上で両手を握った。前回までのリリヤであれば、震えてこんな所に来る事もなかった。悪評を恐れ、ただただ部屋の中で時が去るのを願っていた。
「……大丈夫」
一人だが一人ではない。
ふつふつと湧き上がる感情を、リリヤはただ静かに受け止めていた。
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