そのあとのお話

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***  小さな衣擦れの音と、頬に触れる甘い温度に、理乃は目を覚ました。 「ごめん、起こしちゃって。可愛くてつい……」  理乃の頬にキスをした洸が、理乃に覆い被さった状態のまま謝る。  窓から初夏の日差しが差し込む、眩しい朝だ。 「もう行くん?」  洸がワイシャツ姿なのに気づいて、理乃が寝ぼけた声で尋ねた。 「うん、そろそろ行く。理乃ちゃんはもう少し寝てたら?合鍵、テーブルに置いとくね」  洸はそう言って、理乃に優しく笑いかける。 「洸くん、好き」  昨晩の甘さを引きずりながら、夢うつつの理乃が呟く。  洸が、今度は唇にキスを落とした。 「会社休もうかな……」  理乃と離れるのが、ただただ嫌だった。 「何ゆうてんの。まだ試用期間中なんやろ。がんばらな」 「そうだけど」  ついばむようなキスを何度も落とし続ける。 「あかん、仕事行き」  肌に触れてくる洸の手を掴んで、理乃は起き上がった。 「ネクタイ、結んであげるから」 「え、ああ、うん」  洸は未練を残しながらクローゼットに行って、ネクタイを取り出した。  その紺色のネクタイを、理乃が洸の首に結ぶ。 「ほら、今日も1日がんばり」  日本の朝は、イギリスの夜だ。  理乃は眠る前、電話でいつもそう言って洸を鼓舞していた。 「うん。がんばる」  洸が背筋をピンと伸ばして応える。 「理乃ちゃんも、おばあちゃんのとこ、気をつけて行ってきてね」  名残を惜しんでもうひとつだけキスをして、洸は振り切るように家を出た。  五月晴れの空の下、洸の胸にネクタイが揺れる。  クールビズで本当はネクタイが必要ないのだけれど、洸はその日、夜までネクタイを付けて過ごしたのだった。      シンデレラ王子の落とし物はネクタイ                      完
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