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「今日は同じ電車だったね」
私より先に階段を降りて行った洸は、改札を出たところで何食わぬ顔で声をかけてきた。
本当に分からない。
この人が何を考えているのか。
けど、あれこれ言うのも変かと思って、何もツッコまないまま歩き出した。
雨が結構降っている。
傘を広げようとした私の横で、洸は駅の外に足を踏み出した。
雨に濡れて、制服があっという間に透明になっている。
「傘持ってないの?」
「気にしないで」
「気になるよ」
洸を駅の中に引き戻して、鞄の中を探る。
確か、折り畳みの傘を入れてたはず……。
……あ。
家を出る時に、要らないと思って玄関に置いてきたんだった。
「理乃ちゃん、本当に大丈夫だよ。濡れて困るものは持ってないし、僕は割と頑丈だから風邪ひいたりもしない」
洸がそう言って、再び歩き出した。
ふと、疑問が浮かんだ。
「さっきまでは濡れてなかったよね。学校から駅まではどうしたの?」
訊きながら、答えが予想できてしまった。
あの手を振ってた女の人か。
「先輩が傘に入れてくれて」
案の定、洸はそう答えた。
「ふうん」
なぜだろう。
私、あの女の人に対抗心を燃やしている。
私が黙って傘を差しかけると、洸は恐縮するみたいに私から離れた。
「いいよ、理乃ちゃんが濡れちゃう」
「先輩の傘には入ったのに?」
「理乃ちゃんには風邪を引かせたくない」
「先輩は風邪引いてもいいの?」
その時、洸の肩にピンク色の染みが付いているのが見えた。
「理乃ちゃんは特別ーーん?」
私が傘を押し付けたから、洸がきょとんとする。
さらに押し付けると、戸惑いながらも持ってくれた。
このリップの染みが、どうしても許せなかった。
洸の肩を掴んで、その染みをこする。
ピンク色の口紅は、雨であっけなく落ちた。
「気づいてなかった。ありがとう……」
洸が、私に傘を差し掛けたまま礼を述べる。
その傘の柄を、洸の方に傾けた。
そのまま洸に身を寄せて、強引に相合傘に持ちこむ。
「言っとくけど、私はリップとか塗ってないから、洸くんのシャツを汚す心配はないよ」
先輩に対する謎の対抗心から、私はそんなことを言った。
「こんなこと理乃ちゃんにされたら僕、溶けてなくなっちゃうかも。もう既にやばいのに」
「何がやばいの」
私との相合傘が嫌なのかと思って尋ねたら。
「理乃ちゃんが近すぎて、ドキドキしてる」
「ああ、はいはい」
まともに聞いた私が馬鹿だった。
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