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「あのさ」
黙って歩く洸に、ずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「何で他の場所では私に絡んでこないの?」
洸は、駅からの帰り道にしか私に話しかけてこない。
学校でも、さっきの電車の中でも、私のことを無視してくる。
まるで、見えていないみたいに。
洸は、私の問いにすぐには答えなかった。
「理由を言ったら、理乃ちゃんに最低だと思われそうだな」
そう呟いて、答えるのを渋った。
「ああ、やっぱり」
洸のその反応を見て確信した。
洸は、複数の女の子とこういうことをしているのだろう。
私と一緒にいるところを他の女の子に見られたら困るから、他の場所では話しかけてこないのだろう。
そんなこと、分かってた。
むしろ安心した。
本当に私のことを好きだったら、どうしようと思っていた。
「ちゃんと入ってて」
洸が、傘を反対の手に持ち替えて、私の腰を引き寄せる。
洸から無意識に距離を空けていたようだ。
にしても、口で言えや。
急に触られたら、心臓に悪いやろ。
心の中でそう罵っていると、傘を持つ洸の腕がびちょびちょなのに気づいた。
「洸くんこそ、ちゃんと入ってよ」
仕方なく、洸の手の上から傘の柄を握る。
「あ、ごめん、本当に溶ける」
洸が急に立ち止まったから、私もつんのめるようにして足を止める。
洸の手がガクガクと震えているのに気づいて、慌てて手を離した。
「何アホなことゆうてんの」
自分はやりたい放題しておいて、私から近づくと大げさに動揺してみせる。
本当に、洸のことが分からない。
慣れてるくせに。
「ねえ、ノノちゃん具合悪いんでしょ?早く帰らないと」
立ち尽くしたままの洸に、そう声をかける。
言ってから、しまったと思った。
教室での会話を盗み聞きしてたことがバレてしまう。
わざとではないけれど。
「ノノは、具合が悪いわけじゃなくて……」
洸は、私が盗み聞きしたことを責めることなく、そう答えた。
具合が悪いわけではない?
洸は、飼い犬の病気を理由に、放課後の練習に出るのを断っているようだった。
それは嘘だったのだろうか。
私と一緒に帰るために?
いやいや、都合よく考えるな、私。
いや、都合よくって何やねん。
「あのね、理乃ちゃん」
ひとりで混乱している私に、洸が真剣な目を向けてくる。
「誤解してると思うけど、僕が好きなのは、理乃ちゃんだけだよ」
まさか。
そんなこと、ありえない。
「信じてないね」
私の心を読んだみたいに、洸は力なく笑った。
「でも、信じてほしい。僕が他の場所で理乃ちゃんに話しかけないのは、理乃ちゃんに迷惑をかけたくないからなんだ」
洸のこめかみを、雨の雫が流れ落ちる。
「僕は、自分で言うのもなんだけど、女の人から執着されやすくて、誰か1人を特別扱いすると、大変なことになるんだ。
みんなの前で理乃ちゃんに話しかけたら、特別に思ってるのがバレて、理乃ちゃんを嫌な目に遭わせちゃうから……」
そんなことを、深刻なトーンで言うのだ。
「ほんまに自分で言うのもなんやな」
思わず、関西弁全開でツッコミを入れてしまった。
茶化さないと、感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。
信じたい自分と、流されまいとする自分の間で。
洸は、急に私に傘を押し付けたかと思うと、傘の外に駆け出した。
「え、ちょっ」
「時々出る理乃ちゃんの関西弁、マジで可愛い!」
雨に打たれながら、顔を両手で覆って叫んでいる。
……な、何事やねん。
「脳が溶ける。可愛すぎてホント無理。好き。めちゃくちゃ好き」
雨音に負けないくらいの声量で、洸は叫び続ける。
何なん、この時間。
私、帰ってええか?
しばらくして洸は、何事もなかったかのように私のもとに戻ってきた。
「取り乱しそうになったので、頭を冷やしてきました」
自らの奇怪な行動を、そう説明した。
じゅうぶん取り乱していたように見えたけど。
「それで、信じてもらえた?」
歩き出しながら訊いてくる。
「僕が好きなのは理乃ちゃんだけだって」
「もうどうでもいいよ」
私はそう言って、洸の頭上に傘を差しかけた。
雨に濡れた髪が伸びて、洸はいつもよりも幼く見える。
「どうでもよくはないなぁ」
傘を私の方に傾けながら、洸が不本意そうにそう呟いている。
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