1回目の告白

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1回目の告白

 何でやねん。  私は思わずそう心の中でツッコんだ。  時刻は午後3時すぎ。  場所は、始発駅に停車中の電車の中。  この車両に乗っているのは、せいぜい5、6人といったところだろうか。  こんなガラガラな電車の中で、その黒いスラックスは、わざわざ私の座っている真ん前に立ったのだ。    ーー変な人なんか?  そう思って恐る恐る目を上げた私は、その男の顔を見てびっくりした。  それは、同じクラスの人だった。  向こうはまだ私に気づいていないようで、吊り革を掴んで窓の外を眺めている。  ーーこの人、こんな早い時間に帰るんや。  私はそれを意外に感じた。  私の通う青風(せいふう)高校は、来週末に文化祭を控えている。  大半の生徒はその準備に追われていて、授業が終わってすぐのこの電車に乗ることなど、不可能なはずだった。  特にこんな人間には。  この男は、いつも女子をはべらせて、茶色い髪を遊ばせている。  チャラくて、軽率そうで、モテることしか考えてなさそうで。  私が一番、嫌いなタイプの人間だ。  それなのに。  今は目が離せない。  いつもは薄ら笑いを浮かべているこの男が、真顔なのが珍しすぎて。  この感じ、誰かに似てるーー。  強いデジャブを覚えて、私は記憶の糸をたぐった。  記憶の中で、私はその人を見上げている。  その虚ろな表情は、悲しみを堪えていてーー。 「あっ」  デジャブの正体に気づいた時、思わず声をあげてしまった。  男が私に気づく。 「パパに似とるんや」  家を出ていく日の朝、パパはそんな表情で私の寝顔を見ていた。  いつもと変わらない朝を演出しておいて、私が学校から帰ってきた時にはもう、いなくなっていた。  男が驚いた表情でこちらを見てくる。  自分が声を出していたことを自覚して、私は慌てて口を覆った。  今日は朝から調子が出ない。  寝不足なのと、眼鏡を家に忘れてきたせいだ。 「それって、」  吊り革を握ったまま、男がいつものヘラヘラ顔になって屈みこんでくる。 「僕のことが好きってこと?」 「な、何でやねん」  関西弁でツッコんでしまった。  この男が変なことを言うから悪いのだ。  いや、私もじゅうぶん変だったか。  パパに似てる、だなんて。  気まずくなって俯くと、笑い声が降ってきた。 「面白いね、理乃(あやの)ちゃんって」  男はそう言って、私の隣に腰を下ろした。  さっきまで浮かんでいた悲しみの色は、すっかり消えている。 「私の名前、アヤノって……」  私は思わずそう呟いた。  家族の他に私のことを名前で呼ぶ人はみな、リノちゃんと呼んでくる。  私の名前は、『理乃』と書いて『アヤノ』と読むのだけど、誰かがリノと読み間違えて、それを訂正しないでいたらこうなった。  だから、ろくに話したことがないこの男が、私の名前の正しい読み方を知っていることに驚いたのだ。 「リノちゃんって呼ばれる方が好き?」  男がヘラヘラと訊いてくる。 「いや……」  そうじゃない。 「気安く名前で呼ばないでって思ってる?」  それも違う。 「いいよ、アヤノで」  驚いた理由を説明するのも面倒で、私はそのひと言で片付けた。 「それよりーー」  あれ。  この人の名前、何だったっけ。  周りから『(こう)くん』と呼ばれているのは知ってるけど、名字をド忘れした。  まあ、名前呼びでいいか。 「洸くんは、文化祭で何かやらないの?」  この男に興味があるわけではなかった。  ただ、間を埋めるためだけの質問だった。 「僕はーー」  洸が話し始める。  ーーこの人、自分のことを僕と呼ぶタイプの人間なんやな。  そんなことを思ったのを最後に、私の意識は急速に遠のいていった。
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