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「ーーちゃん」
耳元で男の声がした。
「理乃ちゃん」
呼ばれているのは自分の名前だ。
そう認識すると同時に、私はバッと身を起こした。
隣の人に全体重をかけて眠りこけていた。
「ごめんね、驚かせちゃって」
その声に、洸の存在を思い出す。
「こっちこそごめん。思いっきり寄りかかっちゃってて。重たかったでしょ」
目をこすりながら謝る。
「そこ?」
笑われた。
そういえば、こっちから話を振っておいて、途中で寝てしまったかもしれない。
「疲れてたんだね」
謝り直そうとしたけど、洸は許すように微笑んだ。
電車が駅に滑り込む。
「理乃ちゃん、ここで降りるんじゃない?」
洸に言われて電車のアナウンスに耳を傾けると、確かに私の降りる駅を告げている。
慌てて立ち上がった私は、膝に乗せていた鞄を床に落とした。
洸がすぐに拾ってくれる。
返してもらおうと、手を差し出したけど。
「持つよ」
洸はそう言って、私の背中に軽く手を当てた。
そして、戸惑う私を誘導するようにして、私と一緒に電車を降りた。
「どうして私が降りる駅知ってたの?」
左肩に2つの鞄をかける洸に、そう尋ねる。
洸とはほとんど喋ったことがないはずだ。
ましてや、一緒に帰ったことなど絶対にない。
「定期券に書いてあったから」
洸が、私の手に握られているパスケースを指さして答える。
……ほんまや。
「理乃ちゃんの鞄、重たいね」
ホームの階段を降りながら、洸が話しかけてくる。
「ああ、参考書が入ってて」
だから持ってくれなくていいよーーそう言って手を伸ばしたけど、軽く制された。
「今から塾?」
私の荷物が多い理由を、洸がそう推理する。
「ううん。自習用」
私は首を横に振って答えた。
放課後はいつも、高校の図書室で勉強してから帰っている。
家よりも図書室の方が集中できるからだ。
今日だってそうするつもりだった。
それで自習用の参考書を鞄にぎっしり詰め込んできたのだ。
だけど、帰る時になって気が変わった。
文化祭の準備で忙しそうな同級生たちの目が気になり出したのもあるけど、一番の理由は、調子が出なかったからだ。
寝不足で、眼鏡も家に忘れるし、最悪だ。
「ああ、文化祭終わったら、中間テストだもんね」
洸が納得したように呟く。
中間テストのためではないのだけど、特に反論はしなかった。
大学受験に向けて勉強しているのだと訂正したところで、シラケさせるのがオチだ。
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