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結局、互いにひと言も喋ることなく、お母さんの事務所があるマンションの前に着いた。
「家、ここだから」
私がそう言うと、洸は鞄を返してくれた。
でも、手を離してくれない。
「あのーー」
「どうしよう」
言葉がぶつかって、洸に譲った。
「どうしよう。離したくない」
「え?」
ふざけてるのかと思って洸の顔を見るけど、冗談を言っているようには見えない。
ーーいやいや。
洸の言葉を信じかけた自分に、心の中でツッコミを入れる。
ーー離したないぐらいやったら、もぉちょい饒舌に喋るやろ。
「えっと、洸くん」
私が名前を呼んだら、洸は伏せていた目をあげて、こちらを見た。
やっぱりちょっとパパに似てるな。
やなくて。
「私、冗談とか通じないから……」
だから、からかわないで。
そんな思いを込めた。
「僕もだよ」
洸は同調して言った。
「僕、やっぱり理乃ちゃんのことが好きみたいだ」
好きてーーあの好きか?
いやいやいや、そんなわけあるかい。
ほとんど喋ったことないやんか。
私の心の中が関西弁の嵐になっている間にも、洸は言葉を続ける。
「理乃ちゃんの隣は何だか温かくて、ノノと一緒にいる時以外にこんな気持ちになるの、初めてなんだ」
ノノって誰やねん。
彼女か?
……何でもええわ。
こんなん、関わってられへん。
どうせ私のことからかって、面白がってるだけや。
「えっと……」
私が返しに困っていると、洸はやっと私の手を離した。
「ごめんね、いきなり」
そう謝って、自分の鞄を肩にかけ直している。
「じゃあね」
私にあっさりと別れを告げて、来たのと反対の方向へと歩いていった。
その場にひとり残された私は、しばらく関西弁の独り言が止まらなかった。
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