22人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「昨日は何でぼんやりしてたの?」
歩きながら、洸がそう尋ねてくる。
今日は私と話す気まんまんみたいだ。
「昨日、弟が生まれて」
未明にかかってきたパパからの電話に起こされて、そのあとは目が冴えて眠れなかったのだ。
私の答えに、洸は大げさなくらいに驚いた。
「そうなの?え、すごいじゃん。おめでとう!」
テンション高く、お祝いの言葉をかけてくる。
別に、私はおめでたくないんやけど。
心の中でそうツッコんだ。
私が産んだわけじゃないし。
「理乃ちゃんは、兄弟多いの?」
「何で?」
「弟が生まれたのに、大した出来事じゃないみたいな口ぶりだから」
少しだけ道幅が広くなって、前を歩いていた洸が、私の横に来る。
「他に兄弟はいないけど、」
洸に並んで歩かれると、昨日と同じように足取りがギクシャクしてしまう。
「正直、おめでたいことだとは思わない。父親が家に戻ってきて、厄介ごとが増えるだけ」
取り繕う余裕もなくて、つい個人的な話が口からこぼれ落ちていた。
「お父さんが、戻ってきたの?」
洸が、不思議そうに私の言葉を反復する。
そりゃそうだ。
洸にとっては意味不明だ。
「母親に家を追い出されてたの。私の教育上良くないからって、私が中学に上がる時に。でも、弟が生まれて、戻ってきたんだ」
私は簡単にそう説明した。
家を追い出されたパパは、こないだまでお母さんの事務所で暮らしていたのだった。
「父親が家にいると、母親の機嫌が悪くなるんだよね。父親のことを嫌ってるから、父親が何かするたびに過剰に反応するし、私が父親と会話するのも嫌がる……」
洸に言っても仕方がないのに、私はそんな愚痴を吐いた。
事実、パパが家にいると何も良いことがない。
お母さんがなぜパパと結婚したのか、私にはまったく分からない。
2人の馴れ初めは、当時ホストをしていたパパがお客さんとトラブルか何かを起こして、お母さんが弁護士としてその対応にあたったのがきっかけだったと聞いたことがある。
でも、パパのどこに惹かれたのか、お母さんは頑なに明かさない。
若気の至りだったのだと、後悔の言葉を口にするだけだ。
最初のコメントを投稿しよう!