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翌日の土曜日、私は10時すぎに洸の家の前に立っていた。
早すぎただろうか。
こんなところまで押しかけて引かれるだろうか。
そんな臆病風に吹かれながら、おっかなびっくりチャイムを鳴らす。
でも、1、2分待っても応答はなかった。
どうしよう。
しばらく家の前で待ってようか。
それも迷惑か。
でも、このままじゃ帰られへん。
そんなことをぐるぐると考えた挙句、私は、洸のお父さんが連れていってくれた喫茶店に入ることにした。
喫茶店は、洸の家から道路を隔てて斜め向かいにあって、窓際の席からは洸の家のドアが見える。
ストーカーをしているような後ろめたさを感じながら、窓際の席に陣取った。
ほどなくして、頼んだ紅茶が運ばれてくる。
勉強道具の類は何も持ってこなかった。
スマホは通信量の関係で自由に使えなくて、暇つぶしになるようなものは何もない。
何もせずにただじっと誰かを待つという経験を、私は今までにしたことがなかった。
洸は、いつも私を駅で待っていた。
約束もなく、私が来る確証もない時から、改札を抜けたところに、いつも立っていた。
洸も同じ気持ちだったのだろうか。
こんなにも心細くて、受け入れてもらえるか不安で。
それでも、どうしても会いたくて。
思い出すのは、初めて言葉を交わした日のことだ。
遠い昔のことのように思える。
電車の中だった。
知慧が生まれて寝不足だった私は、目の前に立った洸を見上げて、パパみたいだと言った。
洸の方は、ノノを亡くしたばかりで、悲しみを堪えていた。
それなのに、取り繕うように笑って、私の隣に座った。
会話中に寝てしまった私を、咎めることもなかった。
人と並んで歩くのに慣れていない私の手を握って、好きかもしれないと言った。
あの頃は、洸のことをチャラいだけの人だと思っていた。
まさか、自分にとってこんな大きな存在になるとは思っていなかった。
いつからだったのだろう。
洸が女子に囲まれているのを見ると、胸がチクチクするようになった。
改札の向こうにその姿を見つけると、ホッとするようになった。
私に合わせて歩く洸の歩幅に慣れて、洸の声が心地良くなった。
隠していた関西弁も、嫌いだった自分の目も、洸になら、さらけ出せるようになった。
帰っていく洸の背中を見て、もっと一緒にいたいと思うようになった。
それが好きという気持ちだと気づくのに時間がかかったのは、私が臆病で、自分に自信がなかったからだ。
洸の言葉が信じられなくて、傷つくことに怯えていた。
そんな私に、洸は惜しげもなく、好きと言ってくれた。
学校の成績が全てだと思い込んで、青風高校の生徒を自分ごと馬鹿にしていた私に、知らない世界を見せてくれた。
自分ひとりじゃ、きっと一生かかっても見つけられなかったものを、私の前にやすやすと示してくれた。
だから私は、洸に伝えるまでは帰れない。
この想いを。
感謝の気持ちを。
たとえ、洸の心が離れてしまっていたとしても。
最初から幻だったとしても。
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