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レストランを出ると、先に会計を済ませていた洸が、ジャケットを羽織ろうとしているところだった。
スーツ姿に戻った洸に、緊張がぶり返す。
「もっとラフな服はなかったの?」
私は恨みがましくそう声をかけた。
さっきのジャージズボンでも全然良かった。
というか、こんな格好の人を公園に連れていっても良いのだろうか。
「理乃ちゃんに、チャラく見られたくないって思っちゃって……」
洸が小さな声でそう答える。
何だか落ち込ませてしまったようだ。
「こないだは母親がごめんね」
公園に向かって歩き出しながら、私は洸に謝った。
「洸くんのこと、チャラチャラしてるなんて言って。私は、洸くんがどんな格好してても、チャラいなんて思わないよ」
洸が真面目な人間であることを、私はじゅうぶん知っているから。
「大丈夫、気にしてないよ」
洸は笑って答えた。
「僕がチャラチャラしてるように見えるのは事実だし」
一瞬だけ手が触れて、洸はスッと私から距離を取った。
「だけどあの時、お母さんが理乃ちゃんのことをすごく大事に想ってるのが伝わってきて、僕なんかが手を伸ばしちゃいけないとは、思った」
駅前の通りを右に折れるとすぐに、公園の入り口を示す看板が見えてくる。
道に沿って立ち並ぶ木々は、色鮮やかに紅葉していて、綺麗だ。
「でもね、もう無理なんだよ」
はらはらと葉が落ちる中で、洸は声を暗く沈ませた。
「どうしたって、理乃ちゃんと一緒にいると、僕は手を伸ばしたくなる。理乃ちゃんも僕のことが好きなんじゃないかって、都合よく考えたくなる。現実を突きつけられて落ち込むのを、永遠に繰り返す。馬鹿みたいに」
そこで洸は足を止めた。
「もう、終わりにするよ」
その声は、小さく震えている。
「今まで、わがままばかり言って、理乃ちゃんの日常を邪魔してごめんね。もう近づかないから、理乃ちゃんは僕のことなんか忘れて、やりたいと思ったことをして。理乃ちゃんならきっと、何でもできるから」
「何でーー」
何で、そんな風に泣くの。
そこまで思い詰めて、それでも、がんばって笑おうとするの。
ごめんね。
全部、私のせいだ。
私が臆病で、洸の言葉を信じようとしなかったせいだ。
洸の手を掴むと、洸はビクリと過剰に反応した。
それでも、私の手に従った。
公園に入ると、こないだのベンチが目に入った。
混んでいるのに、そのベンチだけは誰も座っていなかった。
まるで、私たちを待っていたかのように。
「謝らなきゃいけないのは私の方だよ」
ベンチに並んで座って、私は洸に言った。
「私が怖がりだっただけなの」
今も、洸の目が見れない。
もっと近づきたくて、もっと離れたい。
「洸くんを好きにならないなんて、嘘だよ。洸くんが学校休んでる間、寂しくてたまらなかった。会いたくて会いたくて、しまいには洸くんの家にまで押しかけて。私はとっくにもうーー」
唇が震える。
頬がひきつる。
動け、私の口。
言え、ちゃんと。
ハンドバッグの中に手を突っ込んだ。
すぐにひんやりとした感触が指に触れる。
それはネクタイだ。
再びこの場所で、私たちは巡り会えた。
それを、運命と言わずに何と呼ぶのだろう。
「私は、洸くんのことが好き」
風が止んで静かになった公園のベンチで、私はやっと洸に想いを伝えることができた。
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