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「理乃ちゃん」
洸が声を発したのは、永遠にも感じる時間の後だった。
「僕のことは気にしなくていいよ」
「……え?」
思っていた答えと違って、思わず訊きかえす。
洸は私の方を見ていた。
それは、胸が痛くなるくらい優しい表情だった。
「理乃ちゃんに会うまで、僕はずっと流されて生きてきたんだ。これからだって、流れに身を任せて生きていける。だから、そんな風に言ってくれなくて大丈夫だよ」
11月の冷たい風が、火照った頬を冷ましていく。
めげそうになるけれど、私は今までの洸からの告白を思い返した。
洸はいつだってまっすぐに想いを伝えてくれた。
私がどんなに適当にあしらっても。
1回好きだと言っただけで信じてもらおうなんて、そんな虫のいい話はない。
「洸くん、このネクタイ覚えてる?」
気持ちを奮い立たせて、私は洸に尋ねた。
「これね、ノノを引き取ってくれた時に、洸くんが落としてったの」
洸の方に差し出したネクタイが、ひらひらと風にたなびく。
「洸くんに会った時のこと、何となくだけど思い出した。ネクタイ、返しに来れなくてごめんね」
あの後、お母さんが厳しくなって、外に出ることすらままならなくなってしまったのだ。
洸が、ネクタイの端をそっと掴む。
その表情は無感情だけど、ネクタイを通して少しだけ、洸と心が通ったような気がした。
「ノノを大事に育ててくれてありがとう。私を見つけて、好きって言ってくれてありがとう。信じなくてごめん」
私は、ゆっくりと洸の方に身を乗り出す。
「私も、洸くんが信じてくれるまで、何度でも言うよ。洸くんのことが好き」
どうか、洸に届いてほしい。
祈るような気持ちで、洸の言葉を待った。
けれど。
「このネクタイはたぶん、父親からくすねたやつだ」
洸が温度のない声で言う。
どうやら話を逸らす気らしい。
「僕、学芸会の衣装の蝶ネクタイが、子供っぽくて気に入らなくて、父親のネクタイを持っていったんだ」
洸の手から、ネクタイの端がするりと落ちる。
「でも結局、子供がこんなの付けたらおかしいって付けさせてもらえなくて、仕方なく尻ポケットかどっかに入れてた。それを落としたんだと思う」
洸は淡々とそう説明した。
話を逸らされて、好きが宙ぶらりんのままだ。
困り果てて洸を見た私は、あれ、と思った。
顔が赤くなっていた。
私の言葉は、まったく届いていないわけではないのかもしれない。
「今の洸くんなら、このネクタイ似合うんじゃない?」
私はそう言って、ネクタイを洸の首にかけてみた。
ブルーグレーのジャケットに、その紺のネクタイはよく映える。
「ネクタイを落としてくなんて、洸くん、シンデレラみたいだね」
「な、何で……」
洸の首にネクタイを結ぶ私に、洸が戸惑いを口にする。
「何で、そんなに結び慣れてるの……?」
「練習したんだよ。洸くんにこうやって結んであげようと思って。その時は制服をイメージしてたんだけど」
私がそう答えると、洸はますます真っ赤になった。
結び目をキュッと上にあげて、完成した。
やっぱり、よく似合う。
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