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「そっか」
私の独り言じみた話に、洸は相槌を与えた。
「理乃ちゃんはお父さんのこと好きなのにね」
「は?」
何でそうなる。
「だって昨日、僕のことをパパに似てるって、すごい嬉しそうに」
洸が根拠を説明する。
そういえば。
それは誤解されても仕方がない。
「違うよ」
慌てて訂正した。
「あれは、誰に似てるんだろう、あ、パパに似てるんだ!ってスッキリしただけ。父親のことは私も嫌いだよ」
小さい頃からずっと、お母さんからパパの悪口を聞かされてきた。
パパは学がないから。
女の子を楽しませることしか考えてない、薄っぺらい人間だからーー。
パパがいると、お母さんの機嫌が悪くなる。
そう学習した私はいつしか、パパが家にいなければいいのにと願うようになった。
「そうなんだ……」
そう呟く洸の声が沈んでいるように聞こえて、気を悪くしたかと思った。
確かに、よく考えたらひどい。
洸のことをパパに似ているとか言っておいて、パパを嫌いだと断言しているのだから。
「あの、ごめんね?洸くんのことを父親に似てるって言ったのは、見た目の話で……」
「ん?ああ、うん」
私の弁解を、洸は軽く受け流した。
どうやらそこは気にしてなかったようだ。
洸の様子を窺うと、何かを言いたそうにしている。
私は、黙って洸の言葉を待つことにした。
「理乃ちゃんのお母さんはさ、」
何歩か無言で歩いた後、洸は口を開いた。
「本当にお父さんのことが嫌いなの?」
「え?何で?」
思いがけないことを訊かれて、面食らう。
お母さんがパパを嫌っているのは、私にとって、揺るぎない事実だ。
「だって、本当に嫌いだったら……、赤ちゃんは生まれないんじゃないかと思うけど……」
語尾は消え入りそうな声だった。
「どうして?」
洸の理屈がよく分からなくて、そう問いかえす。
「どうしてって……」
洸はなぜか顔が真っ赤になっている。
何か変なことを訊いてしまっただろうか。
「んとに、危なっかしくて困る……」
頬をかきながら、洸が独り言のように呟く。
「理乃ちゃん、付き合ってる人いる?」
「え、いないけど」
脈絡がまったく不明だ。
「……そっか」
洸が小さく頷く。
いや、だから何やねん。
どうしてそんなことを訊くのかと尋ねようとした時、後ろから自転車が来るのが見えた。
咄嗟に洸の腕を引くと、洸は簡単にバランスを崩した。
私にぶつかりそうになって、私の背後の石塀に手をつく。
その顔は、まだ赤かった。
「やっぱり僕、理乃ちゃんのことが好きだ」
壁ドンみたいな体勢のまま、洸が言う。
「これからも毎日、家まで送らせてくれない?」
その真剣な表情は、教室で見るのとは大違いで、私はわけもなく落ち着かない気持ちになる。
けど。
流されてはいけない。
そう自分に言い聞かせる。
こんな人が、私に興味を持つはずがないのだから。
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