そのあとのお話

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そのあとのお話

「なあ、ニートって何?」  緑葉公園からの帰り道、手を繋ぐ知慧にそう訊かれて、洸は少し考えこんだ。 「うーん、働いてない大人のこと、かなぁ」  そう曖昧に答えたのは、幼い知慧に嘘を教えたくない一心だ。 「ふうん。ほな、姉ちゃんってもう大人なん?」  知慧の知的好奇心は、とどまることを知らない。 「大人っ……かもねぇ。知慧くんから見たら」  洸は、一瞬迷ってから肯定した。  6歳の知慧から見たら、22歳はじゅうぶん大人だ。 「大人なんやったら、姉ちゃんも結婚して子供産むん?」 「ええ?」  予想外の質問に、洸は動揺して赤面する。  相手が自分と決まったわけではないのに。    答えに詰まった洸を見て、知慧が再び口を開く。 「逆か。子供産んでから結婚するんやったっけ?」 「け、結婚が先でお願いします」  子供相手に、わけもなく丁寧語になる洸だった。 「ほんで、いつ結婚するん?」  無邪気に尋ねてくる知慧に、洸がタジタジになっていると。 「誰が結婚するん?」  不意にそんな声がした。  洸が前を向くと、目の前に理乃が立っていた。 「姉ちゃん、おかえり!」  知慧が洸の手を離して駆け寄る。 「ただいま。あんた、しばらく会わんうちにまた大きなったんちゃう?」  イギリス帰りの理乃はそう言って、弟を抱き上げた。 「ほんで、洸くんは誰と結婚する気なん?」  半年ぶりの理乃に呆けている洸に向かって、いたずらっぽく問いかける。 「け、結婚なんてしないよ」  洸が慌てて否定する。 「ふうん?しないん?」 「すっ、し、するけど、今じゃないでしょ?」 「ふふ、何で私に訊くんよ」  耳まで真っ赤になっている洸を見て、理乃はだっこしていた知慧を降ろした。  そして、思いっきり背伸びをして、洸にキスをした。 「あ、理乃ちゃん、こんなところで……」  洸がのけぞる。 「私んちはもっと無理やん」 「明日の晩、うちに来るんでしょ?」 「洸くんはそれまで待てるん?」 「ま、待てるよ。4年も待ったんだから」 「それもそうやな」  理乃は笑って納得した。  理乃は、高校を卒業した後、イギリスの大学に入学した。  そこで4年間過ごして、今日帰国したのだった。 「それより、洸くんは何で迎えに来てくれなかったんよ」  知慧の手を引きながら、理乃が文句を言う。 「車ん中、地獄やってんけど」  空港に着いた理乃を、理乃の父親が車で迎えに行った。  理乃は洸も来るものだと思っていたのに、同乗者が母親だけだったから、がっかりしたのだった。  しかも、行く途中に父親が些細なことで母親を怒らせたらしく、理乃が乗った後もずっと険悪な空気だった。 「知慧くんが車酔いしちゃうから、一緒に留守番してたんだよ」  洸がそう理由を説明する。 「それって、知慧を押し付けられたってこと?2人揃って大人気ない親やな」  理乃が呆れ顔になってボヤく。 「お父さんたちは、理乃ちゃんと一緒に過ごせるうちに過ごしたいんだよ」  理乃の両親を庇った洸は、理乃に聞き咎められてしまう。 「一緒に過ごせるうちにって、どういうこと?」 「え、いや、深い意味はないよ」 「ほんまに?」 「……嘘つきました。深い意味あります。ごめんなさい」  洸の白状に、理乃が吹き出す。 「相変わらずおもろいな、あんた」 「こ、光栄です」 「何がやねん。そういうとこも変わらんな」   「ほんで、姉ちゃんはいつ結婚するん?」  知慧が思い出したように尋ねる。 「あんた、今の話分かったん?天才やん」  理乃が驚いて褒めるけど。 「今の話は分からんよ。兄ちゃんとさっきな、姉ちゃんのことニートやゆうててん」  知慧はそれを否定して、そんなことを言った。  理乃がバッと洸の方を見る。  洸は冤罪を訴えて手を振った。 「ぼ、僕は言ってないよ。知慧くんにニートの意味を教えただけで」 「あ、姉ちゃんのことニートやゆうてたんは、お母さんやった」  知慧が悪びれずに訂正する。 「ああ、私もお母さんに言われたわ。ほんで、何でニートから結婚の話になるん?」 「だって、ニートって働いてない大人のことなんやろ?大人は結婚して子供産むんやろ?ほんなら、ニートは結婚するんちゃうん?」 「三段論法つこてて賢いやんか。めっちゃ間違うてるけど」 「サンダンロンポウ?」 「とにかく、私はニートやありません。変なこと言いふらさんどいて」 「はあい」  姉にぴしゃりと注意されて、知慧は聞き分け良く返事した。
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