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***
「ーーちゃん」
「理乃ちゃん」
自分の名を囁く声に気づいて、理乃は目を覚ました。
「そろそろ寝よっか」
洸にそう言われて、自分が洸に全体重をかけて眠りこけていたことに気づく。
「ごめん、重たかったやろ」
「そこ?」
目をこすりながら謝った理乃は、洸に笑われて、話の途中で寝てしまったことを思い出す。
「理乃ちゃん、帰ってきたばかりで疲れてるんだよ」
理乃は謝り直そうとしたけど、洸はそれより先に、許すように言った。
「布団敷くね。お風呂入る?」
洸が立ち上がって尋ねる。
理乃も立ち上がって、洸のシャツの裾を掴んだ。
「シャワー浴びる。それより、洸くんと一緒にベッドで寝たらあかんの?」
「あ、あかんよ。ほら、寝返りとか打って起こしちゃうかもしれないでしょ」
洸は動揺のあまり関西弁が移っている。
「私はかめへんよ。仕事があるわけやないし。洸くんは嫌?」
理乃に上目遣いで見上げられて、洸はますます動揺する。
「い、嫌じゃないけど……」
「ほな、シャワー浴びてくる」
理乃を浴室に案内したあと、ベッドの上にへたりこむ洸だった。
***
「寝ててよかったのに」
タオルで髪を乾かしながら、洸がベッドの上の理乃に声をかける。
「まだ眠くないもん」
「僕の話の途中で寝たくせに」
「シャワー浴びたら目ぇ覚めたんや」
「だったらテレビでも見る?サブスク登録してるから映画も見れるよ」
洸がテレビの方に行こうとする。
「洸くん」
理乃はそんな洸を呼び止めた。
「私、そんなに魅力ないん?」
「ええ?」
たじろぐ洸に、理乃は続ける。
「帰ってきてからまだ一度も、洸くんの方から触ってこんし。別々に寝ようとするし。キスだってーー」
「理乃ちゃん」
洸はそれを遮った。
距離を保ったまま。
「理乃ちゃんに触ったりなんかしたら僕はもう、歯止めが効かなくなるよ」
その髪からポタポタと水滴が滴り落ちる。
「今ならまだ我慢できる。理乃ちゃんと一緒にいて、声を聞ければ、僕はそれで幸せなんだ。それ以上は望まない」
洸はそのままゆらりと後ずさって、理乃に背を向けようとした。
そんな洸を、理乃が再度引き止める。
「勝手に自己完結せんどってよ。私の気持ちはどうなんの」
「だ、だって、前に僕が、付き合ったらセックスしたいって言ったら、理乃ちゃん怒ったでしょ」
「いつの話してんねん」
ツッコミを入れた理乃は、すぐに堪えきれなくなって吹き出した。
「あんたまだ気にしてたん?あれから何年経ったと思ってるん。状況も何もかも変わってるやん」
言いながら、理乃は懐かしく思い出す。
洸の好きを信じられなかった時代を。
付き合ったら何がしたいのかと尋ねた答えに、セックスと返ってきて、傷ついた過去のことを。
「状況は変わったかもしれないけど、僕は何も変わってないよ。同じ場所でずっと、理乃ちゃんを想ってる」
洸は昨日までのことを思い返す。
理乃の帰りを待ち焦がれ続けた日々を。
理乃と一緒にいられれば幸せ。
その気持ちは、昔から何ひとつ変化していない。
理乃はベッドを降りて、洸のもとに歩み寄った。
その首に抱きついて、口付けをせがむ。
ぎこちなく落とされるキスに、心が満たされていく。
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